『民主主義の危機 : 比較分析が示す変容』
- 著者
- Przeworski, Adam, 1940- /吉田, 徹, 1975- /伊﨑, 直志, 1998-
- 出版社
- 白水社
- ISBN
- 9784560093580
- 価格
- 2,640円(税込)
書籍情報:openBD
『民主主義の危機 比較分析が示す変容 (原題)CRISES OF DEMOCRACY』アダム・プシェヴォスキ著(白水社)
[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)
「全員満足は不可能」説得力
民主主義の危機や崩壊を論じる本が多い。多くの国で中道が衰退し、職業政治家への不信が広がっているからだろう。既成政党への支持率が低下し、中道は棄権して投票率が下がる。するとその空隙(くうげき)を狙って「あなたがたが苦しいのは移民たちの福祉を背負わされているからだ」と急進右派が中間層を取り込んでゆく。
著者は民主主義の核心を普通選挙に見るので、その歴史は意外に新しいと言う。世界を見回せばむしろクーデタと内戦ばかりで、平和的な政権交代は中国やロシアを含む六八ヶ国で過去に一度も経験されていない。民主主義がかろうじて維持されるための条件には、所得水準が高いこと、大統領制でなく議会制で、憲法上の非常大権がないこと、そして戦前から民主主義の経験があること、などが挙げられている。歴史的には強靱(きょうじん)なはずのアメリカ民主主義も、トランプ氏の支持率次第でかなり危険な雲行きになろう。
そもそも民主主義は資本主義と共存できるのか。ピューリタン革命時代の「パトニー討論」では普通選挙の正義が問われたし、マルクスも民主主義はブルジョワ独裁の偽装にすぎないと断じた。著者も、選挙は本質的にエリート主義的だと言う。代表制は、誰もが統治能力をもっているわけではないことを前提にして、大衆を排除し優越者を選任するシステムだからだ。だからポピュリストは、代議制に反対して直接民主制を求める。ところが、現状の変更は超多数を握らねば実現できないように設計されている。既成権力の維持には好都合だが、選挙への期待度や満足度が下がるのも無理はない。
豊富な実証データに支えられた論旨だが、わたしにそのデータを検証する力はない。それでも、民主主義とは誰も完全には満足させることのできない制度だ、という解説は説得的である。価値観が多様化した今日、異なる考えをもつ人々が平和裡(り)に共存するためには、民主主義に過大な期待を抱かず、かといって絶望に走ることもなく、誰もが何かを少しずつ諦める寛容の覚悟が必要である。吉田徹、伊崎直志訳。