作者すら信じられない……!? 英タイムズ紙でNo.1に選ばれたノワール・サスペンスの問題作とは?

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トゥルー・クライム・ストーリー

『トゥルー・クライム・ストーリー』

著者
ジョセフ・ノックス [著]/池田 真紀子 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784102401545
発売日
2023/08/29
価格
1,265円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

驚くほど見事なストーリーテラー

[レビュアー] 池上冬樹(文芸評論家)

『スリープウォーカー』でミステリー界を席巻した英国作家ジョセフ・ノックスの最新作『トゥルー・クライム・ストーリー』(新潮社)が刊行された。

 本格ミステリー顔負けの重層的な謎を織り込み、作者すら信用できないノワール・サスペンスに仕立て上げた問題作の魅力を、文芸評論家の池上冬樹さんが読み解く。

池上冬樹・評「驚くほど見事なストーリーテラー」

 ジョセフ・ノックスといえば、『堕落刑事』『笑う死体』『スリープウォーカー』でお馴染みのマンチェスター市警エイダン・ウェイツ・シリーズだろう。型破りの刑事を主人公にした荒々しい警察小説で、ドクター・ノワールことジェイムズ・エルロイの初期の警察小説(『血まみれの月』ほか)がもつエネルギッシュな暴走を彷彿とさせる。とくに三作目の『スリープウォーカー』は傑作。十二年前の一家惨殺事件の犯人ウィックが癌で余命宣告され入院し、その警護をエイダンと相棒のサティが担当するものの、病室は襲撃され、ウィックは死亡、サティも重傷をおうという冒頭から活劇に満ちていて、死にかけている男が何故殺されたのかという謎が強く読者を牽引していく。精神の暗黒を見すえるノワールとしての強靱さもいいが、この大いなる謎解きは本格ファンもたっぷりと満足させる。

 これは、ノン・シリーズの新作『トゥルー・クライム・ストーリー』にもいえる。犯罪実話仕立ての凝った作りで、いきなり冒頭から作者のジョセフ・ノックスが出てくる。

『トゥルー・クライム・ストーリー』の第二版刊行への序文という形で、共作者イヴリン・ミッチェルとの出会いから事件に関わりをもつようになった経緯について触れているのだ。共作者というのは、本書『トゥルー・クライム・ストーリー』は、イヴリンが事件関係者にインタヴューしたものを、「私」(ジョセフ・ノックス)が追加取材をしてまとめた形式になっているからである。もちろんそれも小説の中の形式であるが、これが虚構とは思えないほど迫真性を増している。では、どんなストーリーなのか。

 二〇一一年十二月十七日土曜の未明、マンチェスター大学に通う十九歳のゾーイ・ノーランは、学生寮で開かれたパーティーを抜け出し、そのまま消息をたった。

 学生寮には双子の姉のキンバリーとともに入居し、ほかの二人の女子学生とも意気投合した。同学年の学生たちはゾーイの才能と歌にかける熱意に一目置き、まもなく初めてのボーイフレンドとの交際もはじまり、学生生活を心から満喫しているようにみえたが、帰省を前に両親が迎えに来たその日、ゾーイは忽然と消えた。

 失踪から六年たった時、私(ジョセフ・ノックス)はデビュー作『堕落刑事』で評判をとり、イベントで、イヴリン・ミッチェルと出会う。イヴリンは数年前に過剰な男らしさをテーマにした『出口なし』で作家デビューをはたしたものの本はほとんど売れず、小説家としての未来はとざされていた。その打開策としてノンフィクションに挑み、ゾーイ失踪事件を追究するのはどうかとイヴリンにいわれ、私はその線で書いてみたらと勧める。

 イヴリンはやがて関係者へのインタヴューを重ねて、事件に深く入っていく。そこで見えてくる友人たちの様々な嘘、隠された心情、双子の姉キンバリーの屈折した妹への思い、娘が失踪したにもかかわらずメディア戦略をねり、テレビで再現ドラマを作ってくれないかと画策する父親、その姿に幻滅する母親など、一癖も二癖もある人物たちが次々に出てくる。しかも、下着泥棒、麻薬、セックス動画などゾーイの失踪の背景にはいくつもの犯罪が関わっているような印象を与えて、いっそう闇が深くなる。

 小説は、関係者へのインタヴューという形をとる。次々に人物たちが出てきて、質問に対して答えていき、そこから新たな背景と謎が見えてきて、人物たちの台詞が熱を帯びるようになるのだが、それは関係者の話だけではない。節目節目で、イヴリンの原稿を読んだ「私」の感想が入り(イヴリンとのメールのやりとりとなる)、それがイヴリンの小説の作り方と取材の問題点にもつながる。

 さらにいうと、安全地帯にいるはずの「私」の過去の苦い経験も、事件関係者の告発で露になり、イヴリンから探りが入るから面白くなる。予想外の展開で、それが再版における問題点として、出版社から読者へのお知らせという形をとって、いま読まれている事件/書かれている事件の進捗に影響を与え、事件はいっそう混沌としてくる。

 その混沌の靄が劇的に薄れていくのが、終盤の第四章からだろう。ここから怒濤の展開となり、インタヴュー形式とは思えないほど緊張感をはらみ、わくわくする。対話劇がいちだんと核心へと近づいて、事件の真相が見えたと思うのだが、その前に重大な誘拐事件も浮上して、隠されていた秘密と人間関係がいっそうあらわになり、クライマックスに弾みをつけることになる。そして起きる悲劇的事件と、明かされる驚きの真相。いやあ面白い!

 六百八十頁もあり、インタヴュー形式だけで持つものかと思ったが、細かいひねりをたくさんいれ、事件の真相を見えなくして、読者を飽きさせない。驚くほど見事なストーリーテラーだ。警察小説、ノワールだけでなく、ノンフィクション・ノベル的サスペンスも書ける。それもミステリの興趣を十二分にもたせながら。今度はどんな作品を読ませてくれるのかと、新作を読み終えたばかりなのに、もうジョセフ・ノックスの次回作が気になって仕方がない。

新潮社 波
2023年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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