『素敵な圧迫』
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切れ味抜群! 幕切れ直前に見える鮮烈さ。読者の心に爪痕を残す六編
[レビュアー] 若林踏(書評家)
この社会に潜む、目には見えない抑圧を炙り出す。
呉勝浩『素敵な圧迫』は六つの作品を収めた著者初のノンシリーズ短編集だ。各編の趣向は全く異なれど、通して読むと一つの太い線で繋がっているのが見えてくる。現代社会で人間を縛っているものと、それに対する抵抗意識や違和感だ。
表題作は隙間に入り込む事に対して異様な拘(こだわ)りを見せる女性を主人公にした小説だ。「ぴったりくる隙間」を求める蝶野広美は、抱擁で心地良い圧迫を与えてくれる男に執着し、予想外の行動を起こしてしまう。内なる欲望が肥大した先にあるものの異様さが物語の終わり近くに姿を現し、読者の心に爪痕を残す。
幕切れ直前に見える鮮烈さは、「ミリオンダラー・レイン」も同様である。舞台は一九六八年の日本で、昭和の未解決事件として名高い三億円事件を題材にした犯罪小説だ。逸脱の手段として犯罪が描かれる古典的なクライムノベルかと思いきや、最後に極めて現代的な光景が立ち上がってくるような仕掛けが施されている。この物語に出てくる六〇年代の無軌道な若者たちは、今を生きる自分たちの姿でもあったのだと気づかされるのだ。
本書にはロジックで雁字搦めにする社会への異議申し立てを行う作品が収められている。「パノラマ・マシン」と「論リー・チャップリン」がそうだ。前者は合理性を追求する世の中に対しての疑問を江戸川乱歩作品へのオマージュ、それもSFの要素を取り入れた物語に仕立てて投げかけている点がユニークだ。後者は社会に蔓延(はびこ)る「論破」文化を戯画化した冗談小説である。胡散臭いユーチューバーの姿など皮肉めいた笑いがちりばめられているが、結末はそれとは全く異なる情景を見せる。この落差が堪らなく良い。屁理屈ですべてを丸め込もうとする風潮への、清々しいカウンターパンチを作者は放ってくれる。