『ビジュアル 世界の偽物大全 フェイク・詐欺・捏造の全記録 (原題)FAKES,SCAMS and FORGERIES』ブライアン・インズ/クリス・マクナブ著(日経ナショナルジオグラフィック)

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『ビジュアル 世界の偽物大全 フェイク・詐欺・捏造の全記録 (原題)FAKES,SCAMS and FORGERIES』ブライアン・インズ/クリス・マクナブ著(日経ナショナルジオグラフィック)

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

スリル満点 騙しの数々

 これだけフェイクが流布する昨今のことだから、本物を見分けるのはますます難しくなっている。それはそれで深刻な社会問題だが、少々不埒(ふらち)なことを言えば、偽造や詐称はともかく面白い。騙(だま)し欺く巧妙さも面白いが、騙され欺かれる人間の心理がまた面白い。人間というものは、自分では嘘(うそ)をつくくせに、他人のことはつい信じてしまうようにできているらしい。

 贋作(がんさく)の歴史は古い。一八世紀にナポリ郊外で発掘された彫刻は、紀元前五世紀のオリジナルを紀元二世紀に複製したものとわかった。これは贋作と言えるのか。ルネサンス時代は贋作の花盛りで、ミケランジェロはそれで有名になったし、レンブラントは弟子たちに描かせた作品にサインだけしたという。ゴッホはいつも魅惑と疑惑にあふれており、その購入者は日本の金満企業だったりする。なかには偽造とわかっていて高値がつく芸術作品もある。

 なりすましも傑作ぞろいである。ロマノフ王朝の生き残りを騙(かた)ったアナスタシア。エッフェル塔を二度も売った男。台湾人を自称し、行ったこともない台湾の風習をすべて空想で説明し、台湾語まで自作してしまったフランス人。

 考古学もロマンに満ちている。わたしが小論を書いたこともある北米最古の印刷物「自由民の誓詞」は、狡猾(こうかつ)で科学的な手法を用いた偽造事件だが、当時の印刷技術の詳細を知らなかったことで足がついた。マグダラのマリアがイエス・キリストからもらったという手紙は、なぜかフランス語で書かれている。著名人の署名も偽造が多いが、偽造の最も確実な証拠は、「本物と寸分たがわない」ことだという。

 最後は、現在もアメリカの新聞に消息が伝えられる若い女性の企業詐欺セラノス。どの案件をとっても、それだけで何冊も本が書かれるようなスリルに満ちた物語が目白押しである。ビジュアルで紹介したいたくさんの図版があるのも楽しい。定木大介、竹花秀春、梅田智世訳。

読売新聞
2023年9月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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