『きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話』牧原出/坂上博著(中央公論新社)

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きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話

『きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話』

著者
牧原出 [著]/坂上博 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784120056772
発売日
2023/07/20
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『きしむ政治と科学 コロナ禍、尾身茂氏との対話』牧原出/坂上博著(中央公論新社)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

政府の任負った専門家

 今も終息していない日本のコロナ禍を、将来歴史として描くとき、感染症対策専門家である尾身茂氏の存在を抜きには語れないだろう。本書は科学と政治の関係をテーマに、尾身氏が新型コロナ対策を振り返ったオーラル・ヒストリーである。

 日本を含めた世界各国が、感染拡大防止と社会経済活動の再開という二律背反した課題に直面するなかで、尾身氏は専門家のリーダー格として、首相の記者会見に寄り添い、時には政府と異なる提言も厭(いと)わなかった。それだけではない。長引くコロナ対応で徐々に国民の不満が専門家に向けられるなか、氏は自らメディアやSNSを通じて、わかりやすく国民に語り続けた。そのタフさは読む者に畏敬の念すら抱かせる。

 しかし、それらは全て専門家が果たさねばならなかったのだろうか。本来専門家の役割は政府への提言であり、最終的な判断と国民への説明は政府が一義的に負うべきである。にもかかわらず、その線引きが曖昧だったことから、政治の果たすべき役割まで尾身氏ら専門家たちが背負うことになったのである。

 本書で尾身氏が繰り返し強調するのは、リスクコミュニケーション(リスコミ)をめぐる体制の不備だ。国家的危機に際して、政府は科学的な知見に基づいた情報を国民に分かりやすく伝えねば、人々の行動変容は期待できない。これまで新型インフルエンザや福島原発事故など危機が起こる度に、リスコミの必要性が指摘されてきた。だが、今回の危機は、日本が過去の教訓を十分学べていないことが明らかになった。

 人々の多様な立場や価値観を体現するのが民主主義社会であるならば、コロナ対策に最適解は存在しない。科学が政治に翻弄(ほんろう)されることは避けねばならないが、それでも最後の決定は政治家に委ねるしかない。政治と科学がいかに向き合うべきかを考えさせられる重要な一冊である。

読売新聞
2023年9月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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