連載8年、9000枚の大作『真田太平記』とはどんな作品なのか? 誕生までの経緯と魅力に迫る〈新潮文庫の「池波正太郎」を84冊 全部読んでみた結果【中編】〉

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真田太平記 1

『真田太平記 1』

著者
池波 正太郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101156347
発売日
1987/09/30
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

新潮文庫の池波正太郎を全部読む 中編

[レビュアー] 南陀楼綾繁(ライター/編集者)


池波正太郎さん

 一気読みをこよなく愛するライター・南陀楼綾繁さんが、新潮文庫の池波正太郎作品全作読破に挑戦!

 これまで三島由紀夫34冊、松本清張45冊を読破するという無理難題を押し付けられてきたナンダロウさんが、名シリーズ「剣客商売」や江戸時代ものなど84冊を読んでみた感想は――。

 中編では『真田太平記』の聖地を巡りながら、この超大作と関連作品を読み解く。

(前中後編の中編/前編を読む/後編を読む)

南陀楼綾繁・評「新潮文庫の池波正太郎を全部読む 中編」

 新潮文庫の池波正太郎全作品を一気読みするこの企画。前号が校了した後、編集担当のHさんから「やっぱり二回だと収まりませんよね?」と云われて、三回掲載となった。先に云ってよ……と思いつつ、少しだけ余裕ができたので、未読の作品を持って、長野県上田市に出かけた。

 上田は池波の最長の長編である『真田太平記』(以下『太平記』)の舞台だ。十月に入り、しつこい残暑もさすがに去った。町歩きにちょうどいい陽気だ。

 駅の広場でシェアサイクルを借りる。各地に導入されているレンタサイクルのシステムで、スマホで電動自転車を借りられる。三十分百十円だが、借りっぱなしだと案外金額がかさむので、町なかに複数あるサイクルポートでこまめに返してはまた借りることをオススメする。

 駅前通りを北に向かうと、〔池波正太郎真田太平記館〕がある。一九九八年に開館。池波の仕事や『太平記』の世界を展示している。

 それでは、『太平記』とはどんな作品なのか。

〈『真田太平記』は戦国末期、武田家の家臣から信濃の独立大名としての道を歩み出した真田氏を描く。地方の小大名でありながら、上杉氏、北条氏、徳川氏ら大勢力の圧力を跳ね返し、過酷な戦国乱世を生き抜いた真田昌幸と、その子信之・幸村の父子・兄弟それぞれが進む道を縦糸とすれば、真田忍び(草の者)と甲賀忍びとの戦いを横糸にして織り上げた壮大な小説である〉(『真田太平記読本』)

 二階の常設展示室には『太平記』が連載された『週刊朝日』や単行本(朝日新聞社)とともに、池波の創作ノートが展示されている。自筆の年表には歴史的事実と物語での出来事が書き込まれている。

 また、「「恩田木工」ノオト」と題されたノートは、一九五六年に発表した初めての時代小説「恩田木工」のためのものだろう。同作はのちに「真田騒動―恩田木工―」と改題された(同題の新潮文庫に収録)。

 江戸時代、信州の松代藩で藩主の真田信安の信任をいいことに悪政にはしる家老・原八郎五郎に対峙し、藩の財政改革に尽力した恩田木工を描く。

 池波は作家の長谷川伸に師事し、新国劇の戯曲を書いていたが、師のすすめで小説を書きはじめる。第一作「厨房にて」は現代小説だった。

「真田騒動」は「亡師・長谷川伸の書庫で、何気なく手に取った〔松代町史〕二巻の目次を見ているとおもしろそうなので、それを拝借した」ことから生まれた(「信州蕎麦 上田市〔刀屋〕」『真田太平記読本』)。少年の頃から信州が好きで、山登りに出かけていたことも関係しているという。同作のために多くの資料を調べ、松代に取材をしたことから、真田家に関わる素材をいくつも得た。それが「真田もの」として書き継がれることになった。

 池波は「真田騒動」が直木賞候補となって以降、何度も候補にあがる。そのうち、一九五七年の「信濃大名記」(『真田騒動』)は真田信幸と弟・幸村が、徳川方と大坂方に分かれた、最後の時間を描いたもの。そして、一九六〇年に直木賞を受賞した「錯乱」(同前)もまた「真田もの」だった。

「錯乱」は、九十三歳の真田信之(信幸)が、真田家を潰そうとする幕府の陰謀に立ち向かう。家臣の堀平五郎は、その父の代から幕府が潜入させた隠密。スパイ映画などで登場するいわゆる「スリーパー」である。普段は忠実な藩士として生きているが、蝸牛/かたつむりが彫られた矢立てを合図に任務を遂行する。

 父が息子に告げる「そういう人間になることは、切なくて、それは淋しいものだぞ。覚悟しておけいよ」という言葉に、スパイの悲哀がこもる。

 あとで触れるが、池波はその後も多くの「真田もの」を発表。それらの集大成が『太平記』だったのだ。

新潮社 波
2023年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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