「早く起きたくないし、毎日満員電車に乗るのは嫌」カズレーザーと小川哲、働きたくない2人の共通点

対談・鼎談

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君が手にするはずだった黄金について

『君が手にするはずだった黄金について』

著者
小川 哲 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103553113
発売日
2023/10/18
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『君が手にするはずだった黄金について』刊行記念対談・働きたくない僕らのサバイバル人生論

[文] 新潮社

■“消去法”で見出した職業


作家の小川哲さん

カズ ところで、この作品は私小説……なのでしょうか?

小川 私小説“風”ですかね。たしかに僕と主人公は名前も職業も同じですが、必ずしも実際に体験したことが題材になっているわけではありません。

カズ でも、読者のなかには現実の出来事が元になっていると感じる人もいるんじゃないですか? もちろん作中の〈小川〉も言うように、小説として文章に落とし込まれている以上は「嘘」なんでしょうけど……。

小川 そうかもしれないですね。『黄金』に限らず、「読者にどう伝わるか」は常に考えながら書いているつもりです。でも読者に届いたときに「実際にどう読まれるか」はあまり意識していないんですよね。

カズ 全然違う解釈をされても構わないということですか?

小川 書いた内容を意図した通りに伝えることも重要なのですが、こちらの意図を越えて読者に届いてしまうことも同じくらい重要だったりします。書いていないことまで読み取ろうとしてくれて、たとえこちらが意図しない読み筋であったとしても、「この描写はこういう意味なのか?」と考えることに喜びを感じる人もいるわけですから。

カズ 僕は普段、「作者が本当に伝えたいことをちゃんと汲み取れているだろうか」と不安に思いながら本を読んでいるんですけど、それを聞いて少し気が楽になりました(笑)。

小川 高校生の頃、英語の受験勉強を兼ねて洋書のペーパーバックを読んでいたんです。あるミステリー小説で、被害者の弟が犯人という結末だったので「すげえ!」とびっくりしたことがあって。でもあとから翻訳版を読んでみたら、それは僕の英語力不足による誤読で、実際は警察官が犯人だったんです。

カズ ええ! 全然違うじゃないですか!

小川 当時の僕は誤読によってとても面白い読書体験ができました。「本を読む」って、それくらい自由な行為で良いと思うんです。

カズ もはや警官よりも、被害者の弟が犯人であるほうが意外な気がしてきました。その誤翻訳で新作を書けそうですね。

小川 どうでしょう(笑)。ただ、たしかに僕はそういうところから小説の着想を得ることもあります。ほかの著者の作品を読みながら、「こういう展開になっても面白いんじゃないか」「こんなキャラクターがいても話が広がるんじゃないか」と考える。その蓄積が自分なりの構想につながっていったりもするんです。

カズ 他の作家さんが書かなかった方向にあえて目を向けるわけですね。でもあんまりそれをやりすぎると、多くの読者に楽しんでもらえる「最大公約数」からは外れていかないですか? 

小川 それは難しいところですね……。

カズ お笑いのネタを書くときも、クリエイティブであろうとしすぎるとニッチになってしまうことがあって。結局「ベタ」な要素って強いじゃないですか。

小川 やっぱり僕もなるべく多くの読者に楽しんでもらいたいと思ってますよ。一冊の本が二倍売れてくれたら、書く量は半分で良くなりますから。

カズ 小川さん、働きたくないんですか?(笑)

小川 小説家になった理由を突き詰めると、そういうことになるかもしれません。僕は別に本を出したいとか、伝えたいことがあるとか、なにか理由があって作家になったわけじゃないんです。専業作家になること自体が目的だったというか。

カズ 就職は考えなかったんですね。

小川 就活をしてみたことはありますけど、会社に入りたいとは思わなかったです。これは作中の〈小川〉と同じですが、朝早く起きたくないし、毎日満員電車に乗るのは嫌だし、あまり人と関わりたくはないし……。そういう条件を満たす職業が、僕にとっては専業作家しかなかったんです。

カズ ほかの職業は考えなかったんですか?

小川 最初に頭に浮かんだのはミュージシャンでした。でも楽器の才能はないし歌も下手だし……。漫画家も魅力的でしたが、絵を描けなきゃ成り立ちません。その点、小説家ってなんの才能も必要ないんですよね。紙とペンがあればだれでもできるので。

カズ その感覚、分かります。僕も働きたくなかったんですよね。で、最初に考えたのは大相撲の横綱になることなんです。

小川 すごい発想ですね(笑)。たしかに勝ちつづけることさえできれば、稼いでいけそうですが。

カズ でも身体づくりはすぐにはできないし、いまさら相撲を始めたところで白鵬関のように強くなれるはずがない。そこで思いついたのが、立ち話でお金を稼げる漫才師だったんです。なんだか小川さんとは同じ村で生きているような気がします。

小川 いやいや、カズさんはレギュラー番組にCMに、めちゃくちゃお忙しそうじゃないですか。

カズ コメンテーターの仕事なんて、すごく楽ですよ。ニュースは普段からチェックしているし、思ったことを話しているだけですから。

小川 遅刻さえせずに現場へ行くことができれば、なんとかなると。

カズ そうですね。汗をかくどころか、水を飲みながら収録するので少し太って帰ってきますよ。

小川 逆にどういう仕事だと消費カロリーが高いんですか?

カズ ネタをやるとか、その場で考えなきゃいけない仕事はしんどいです。

小川 本業じゃないですか(笑)。

カズ そう。だからときどき「向いてないのかな」とも思いつつ、やりたかったことをやらせてもらえている達成感はあります。最近はネタを披露する機会も少なくなりましたけど。

小川 「こういう芸人になりたい」「こういう番組に出たい」とイメージしていた姿にはなれていますか?

カズ いや、そもそもネクタイを締めて赤いスーツを着るだなんて、考えてもいませんでした。クイズ番組に出て早押しボタンを押すことになるとも思ってなかったな。

小川 思い描いていた自分とは違うんですね。

カズ そうですね。「何やってんだろう?」という違和感はありますけど、変に肩ひじ張らずに仕事をできているなと思います。

小川 収まるべきところに収まったような感じですか?

カズ はい。苦労はしていないです。ありがたいことに、やった分だけ得られるものも多いですよ。

新潮社 小説新潮
2023年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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