『カレー移民の謎』室橋裕和著
[レビュアー] 清水唯一朗(政治学者・慶応大教授)
バターチキンカレーにふっくらしたナン。オレンジ色のドレッシングがかかったサラダにマンゴーラッシー。これが千円弱でいただけるのだから幸せだ。
そうした店には赤い三角を重ねた国旗が貼られている。ネパールから来た人が営む「インネパ」はいつしか街の風景となった。
どうやって日本にきたのか。なぜどこもメニューがそっくりなのか。知りたい気持ちと同時にためらいも感じた。彼らの姿が戦後、都会に来た地方出身者と重なって見えたからだ。
読むと、苦労を乗り越える逞(たくま)しさより堅実さが際立つ。失敗しないために成功例を真似(まね)るが、失敗を恐れて失敗に陥る。挑戦者としては危うい堅実さだ。
変化のカギは地域とのつながりにあるようだ。日本人の声が挑戦に踏み出す自信を引き出し、店は賑(にぎ)わう。私たちとの対話があの味をおいしくする。
そんなカレー移民が、暮らしにくくなった日本を離れて新天地に出ているという。あの味が食べられなくなるのは辛(つら)い。今日のランチは近所のインネパにして、店員さんに話しかけてみよう。(集英社新書、1320円)