『ピエタとトランジ <完全版>』
- 著者
- 藤野 可織 [著]/松本 次郎 [イラスト]
- 出版社
- 講談社
- ジャンル
- 文学/日本文学、小説・物語
- ISBN
- 9784065185025
- 発売日
- 2020/03/12
- 価格
- 1,815円(税込)
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変で面白くてカッコいい“現実”に囚われない歓喜の物語
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
どんな謎でも瞬時に解いてしまう。ただし殺人事件を呼ぶ特異体質で、生きているだけで人類を滅亡へ導く。そんな危険な名探偵トランジと、彼女の活躍を記録する親友ピエタの物語だ。ふたりがとにかく変で面白くて最高にカッコいい。
最初の「メロンソーダ殺人事件」でピエタはトランジとの出会いを振り返っている。〈高校二年生の春に、私の人生ははじまった〉という一文から、トランジとピエタがコンビを組んで身近な事件を捜査するようになって、全校生徒数が半分以下に減るまでわずか十二行。漫画なら数十巻かかりそうな話があっさりとまとめられている。代わりに詳しく語られるのは、ファミレスで受験勉強をしているときに、ピエタがメロンソーダについて熱くプレゼンしたこと。結果、ふたりは無差別殺人事件に巻き込まれる。そして犯人と名探偵と助手以外全滅の凄絶な結末よりも、メロンソーダのきらきら光った〈怪しいのかさわやかなのかわかんない緑色〉のイメージが残るのだ。
というのも、語り手としてのピエタの関心は、犯罪の解決ではなく、トランジと過ごした時間のかけがえのなさを伝えることにあるから。〈これが私の人生のいちばんいいときで、これを過ぎたらあとは……どうなるかわかんないけど、とにかくこれよりいい時代は二度とないだろう〉とピエタは思っている。まるで少女時代で世界が終わるような感じだ。その感覚はおそらく、女たちが置かれた狂った状況―たったひとりでトイレで出産したり、DVに苦しめられたり、性暴力の被害に遭ったり―によって生まれている。
この小説が素晴らしいのは、ピエタの〈人生のいちばんいいとき〉の先にあるものを描いているところだ。ババアになっても世界は終わらない。大事なのは誰がなんと言おうと一緒にいたい人と一緒にいることだ。ふたりの冒険には、糞みたいな現実の外へ出て行く歓喜がある。