『マーリ・アルメイダの七つの月 上・下』シェハン・カルナティラカ著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

マーリ・アルメイダの七つの月 上

『マーリ・アルメイダの七つの月 上』

著者
シェハン・カルナティラカ [著]/山北 めぐみ [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309208954
発売日
2023/12/26
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

マーリ・アルメイダの七つの月 下

『マーリ・アルメイダの七つの月 下』

著者
シェハン・カルナティラカ [著]/山北 めぐみ [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309208961
発売日
2023/12/26
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『マーリ・アルメイダの七つの月 上・下』シェハン・カルナティラカ著

[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)

内戦終結へ駆ける幽霊

 目を覚ましたとき、戦場カメラマンにして公表していない《クローゼット》ゲイであるマーリ・アルメイダは冥界(めいかい)のカウンターにいた。持ち物はサファリジャケットと色褪(あ)せたジーンズ、片方だけのサンダル、お守り代わりに首にかけた三本のチェーンと愛用のニコンのみ。

 自分がなぜ死んだのか、全く記憶にない。かくしてマーリは自身に与えられた猶予、七つの月(七晩)の間に真相を探ることとなる。

 舞台となるのは一九九〇年、内戦下にあるスリランカ。あまりにも簡単に人が投獄され、拷問され、命を奪われる。正義は遠い国の本に描かれた夢物語、あるのは暴力と不正と強欲さと失敗だけ。腐臭にまみれた生者と死者の世界、過去と現在をマーリは行き来する。愛する者を守り、この内戦を終わらせる鍵を握る写真を公表し、自身の生と死の決着をつけるために。

 マーリの秘密の恋人DD。その従姉妹でマーリに報われない思いを抱く親友ジャキ、死者を導くヘルパーのラーニー博士。腐敗した警察組織の中で苦悩する警官、カシムとランチャゴダ。トリックスター的な死んだ革命家セーナ。胡散(うさん)臭い霊媒のクロウマン。登場人物それぞれの思惑が重なり、物語は重層的に展開していく。

 とにかく文章が素晴らしい。ドライブ感がありシニカルでユーモラス、時に意地悪でシュールな文体が、ラップのように歌のように読む人を乗せて走っていく。文中でマーリは風に乗って行き来するが、この文体は正に風だ。強烈な力を秘め、抗(あらが)うことができない。

 その文体を支える視点も面白い。マーリを「おまえ」と呼ぶ誰かの視点は、物語に不思議な距離感をもたらす。マーリの一人称では近すぎ、三人称では遠すぎる。読むうちにその誰かの目に重なり、世界を見ているような気分になる。

 フィクションでありノンフィクション、ミステリでありゴースト・ストーリー、愛と復讐(ふくしゅう)と再生の物語。すさまじい本だ。山北めぐみ訳。(河出書房新社 上2970円、下3080円)

読売新聞
2024年3月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク