豊崎由美は稀代のケモノバカ一代として動物の生き様がしっかり描かれた小説を枚挙する!

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  • ミッツ : ヴァージニア・ウルフのマーモセット
  • 黄色い雨
  • ティモレオン : センチメンタル・ジャーニー
  • 壁抜けの谷

書籍情報:openBD

豊崎由美は稀代のケモノバカ一代として動物の生き様がしっかり描かれた小説を枚挙する!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

豊崎由美
豊崎由美

 稀代のケモノバカ一代である。好きなのは犬や猫やパンダのような万人受けする生き物ばかりではない。爬虫類もエイリアンも蒲田くんもガメラもマタンゴも……結局人間以外の生き物がみーんな好きなのだ。
 で、本誌が今回「動物」を特集すると聞いて血湧き肉躍りまくりまくっている次第。文学作品に登場する動物を紹介しようそうしようと思いついたのですが、しかし、厳しいよー、トヨザキは。小説の中に出した動物を物語に都合よく殺して、涙や感動を稼ぐ作家に対して厳しいよー。いまだに『100回泣くこと』の中村航を許してないもん。「ブック(登場犬)に100回泣いて赦しを乞うのはお前じゃ!」、ののしり続けてはや10年の月日が経とうとしております(遠い目)。
 であるからして、保坂和志のすべての小説における猫がそうであるように、作品世界の中で、ちゃんと生きて、ちゃんと死ぬ、そういう動物の描き方をしている作品だけを思い出すままに、同志の皆さんに紹介する所存。
 まず、沼田まほかるの『猫鳴り』(双葉文庫)を。実は読みはじめてしばらくは、猫好きにとってこの世の地獄小説。40歳の主婦が自分の家の近くにいた仔猫を何度も何度も捨てに行くから。ところが、「飼ってやってくださぁぁぁい!」と悲鳴を上げたくなる、この苦しい数十ページを乗りこえる甲斐が最終章にありまくり。20歳になった老猫モンの姿を描いて、猫を看取った経験がある人なら、首の骨がはずれるほどうなずきながら号泣すること必至です。
 モダニズム文学にとって重要な作家ヴァージニア・ウルフとその夫レナードに飼われていた、世界でもっとも小さな猿マーモセットの名がタイトルの、シークレット・ヌーネス『ミッツ』(水声社)。過疎化が進み、村人が一人また一人と家を捨てて出ていった末に、妻と2人残されたものの、その妻もやがて首をくくって死んでしまったという孤独な男のそばに、1匹の雌犬を寄り添わせたフリオ・リャマサーレス『黄色い雨』(ソニー・マガジンズ)。貧しさゆえに、父親が若い頃から苦難と孤独を共にしてきた老馬を手放さなければならなくなる一家を描いた、アリステア・マクラウドの短篇「秋に」(新潮社『灰色の輝ける贈り物』所収)。隠遁生活を送っている老作曲家が、居候のハンサムな青年の言いなりになって捨ててしまう、忠犬の家へと帰る冒険を描きながらも、とんでもない結末によって世界中の犬バカの怒りを買うこと必至の、ダン・ローズ『ティモレオン』(中公文庫)。
 嗚呼、紙幅が尽きるっ! 最後は山下澄人の最新作『壁抜けの谷』(中央公論新社)を。これは、生まれて生きて死ぬ人間について、こうじゃないああじゃないと、逡巡に逡巡を重ねて丁寧に丁寧に描いた小説なのだけれど、登場する猫のルルや犬のジョンのことも同じくらいしっかり慎重に描いてくれているんです。登場させたからには、このくらい真剣に向き合えということ。ケモノバカ一代の厳しい目を柔和にさせる1作なのであります。

太田出版 ケトル
VOL.33 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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