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寓意と謎を読み解く面白さ。まずは解説を読まずに!さらにスペインの傑作2篇
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
イバン・レピラの小説『深い穴に落ちてしまった』(白川貴子訳)は、兄弟が深さ七メートルのすり鉢状になった穴に落ちてしまい、そこで三ヶ月近くをサバイブする物語です。大きく強い兄と小さくひ弱な弟は、泥水をすすり、虫や木の根などを食べ、生き延びようとがんばります。どんなにお腹がすいても、持っていた袋の中の食べ物には手をつけません。なぜなら、それは〈母さんに渡す食いもの〉だから。
二人がどうして穴に落ちてしまったのか。助かるのか。一刻も早く理由と結末が知りたくて、ページを繰る指が速くなるのですが、この短い物語はできるだけゆっくり読んで下さい。というのも、寓意と謎を読み解く面白さが本作の肝になっているからです。章立てが素数である意味とは。一二○ページで瀕死の弟がつぶやく数字の羅列は何を示しているのか。後者の暗号を解くと、作者がこの物語にこめた寓意がわかるはず。まずは解説を読まずに自力で考えてみて下さい。
レピラはスペインのバスク州出身作家。というわけで、今回は残りの二作もスペインの小説を紹介します。まずは、フリオ・リャマサーレスの『黄色い雨』(木村榮一訳、河出文庫)を。
この物語の語り手は死者です。過疎化が進み、村人が一人また一人と家を捨てていった末に、妻と二人残された〈私〉。その妻も精神を失調させ、首をくくって死んでしまいます。孤独な〈私〉のそばにいるのは雌犬ただ一匹。秋になると、村と川を真っ黄色に染め上げるポプラの落ち葉。タイトルにもなっているこの〈黄色い雨〉は時間と死のメタファーです。散文詩のように美しい文章で綴られていく死者の記憶。胸がシンと静かになる傑作です。
本好きなら楽しめること請け合いの青春小説+幻想文学+ミステリーがカルロス・ルイス・サフォンの『風の影』(木村裕美訳、集英社文庫)。一九四五年のバルセロナ、無数の書物が眠る〈忘れられた本の墓場〉で少年がある本を手にするところから始まる、読み始めたらやめられない徹夜必至本です。週末に是非!