民主主義(デモクラシー)の曲がり角で、今 〈対談〉水島治郎『ポピュリズムとは何か』×宇野重規『保守主義とは何か』

対談・鼎談

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ポピュリズムとは何か

『ポピュリズムとは何か』

著者
水島 治郎 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784121024107
発売日
2016/12/19
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

保守主義とは何か

『保守主義とは何か』

著者
宇野 重規 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784121023780
発売日
2016/06/22
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

民主主義(デモクラシー)の曲がり角で、今 〈対談〉水島治郎『ポピュリズムとは何か』×宇野重規『保守主義とは何か』

何を守るのか 信念ある保守主義の欠如

 宇野 同時期に水島さんも、『保守の比較政治学』を刊行していますよね。
 水島 奇遇ですね。保守政党の研究は、ヨーロッパ政治研究の中であまり人気がない分野です(笑)。やはり左派政党、社会民主主義に対する憧れが強い。しかし現実には戦後、ヨーロッパの政権の半分以上を保守政党が握ってきたし、二〇一〇年代にも、日独英三大国で、保守政党が政権を握っている。そうした状況の下では、左派だけ見ていても、世界の動きは十分には理解できないでしょう。
 保守主義といっても、ドイツではメルケル政権の元で、原発全廃や百万人に及ぶ難民の受け入れが進みました。宇野さんの本に強調されるように、保守主義には本来、守るためにこそ改革する動きがある。そこを見つめないと、現在の政治状況は理解できない気がします。
 宇野 今までの保守主義についての本は、保守主義者が自らの立場の正当性を語るものか、もしくは進歩主義者が保守主義を病理として、否定的に論じるものかのどちらかでした。それはどちらも違うだろうというのが、今回、僕がこの本を書こうとした経緯です。自分は保守主義者ではないけれど、保守主義の思想には叡智が含まれている、そのことを認めた上で、議論したいと。
 水島 保守主義といえば、やはりエドマンド・バークですよね。宇野さんもバークという出発点の再定義から、エリオット、ハイエク、オークショット…と論を転じていかれます。
 宇野 バークは知れば知るほど、興味深い人物です。彼の語る論理を、いわゆる保守主義者たちがきちんと捉えているかというと、非常に怪しいと思うんですね。彼をのちに保守党になるトーリ党員だった、と勘違いしている人がいますが、実際はのちに自由党となるホイッグ党員で、生涯の大半は野党暮らしでした。しかも彼は、当時の国王、ジョージ三世を激しく批判したのです。これは日本人の考える保守主義と全く違うのではないでしょうか。   
 彼が保守しようとしたのは、単なるナショナリズムでもなければ、国王でもありません。バークには、名誉革命で打ち立てられた政治体制が、人々の自由を保障するきわめて安定的なものである以上、それを保守すべき、という判断が明確にありました。国王自らがその政治体制を壊す存在であるならば、それと闘うことが保守派なのだと。
 本来の保守とは、過去に勝手な理想を見出す懐古主義者でも、意味もなくそちらに戻ろうとする復古主義者でも、ましてや排外主義者でもありません。
 バークはまた、アメリカ独立では、「代表なくして課税なし」の声に対し、植民地人を含めてすべての人間を人間らしい境遇に置くことを重視し、英国の優越はアメリカの自由と両立すべきだと、それを支持しました。バークは、古いものをそのまま維持することを「保守」と考えてはおらず、守るためには、時代に即し修正・変革していくことの必要があるとしています。
 しかし、フランス革命については、これを否定します。なぜかといえばこの革命が、王国の過去の原理の回復ではなく、歴史の断絶としてなされたものだったからです。過去を継承せず歴史に根拠を持たない、抽象的な原理に立脚する革命で、政治社会の連続性を否定すべきでない、と。これは傾聴に値する議論です。
 つまり自分は保守主義者だ、と言うのであれば、まず何を守るつもりなのかをはっきりせよと言うことです。抽象的な理念で、「日本を、取り戻す。」とか、「美しい日本」とか言ってもダメだと。具体的な現行の政治制度を守り、その良い部分を伸ばしていくために、何を修正するのか考えるのが、保守主義者たる所以です。ところが日本の保守政権は、むしろ現行憲法に対する正当性を疑って改憲を主張し、現行制度とその精神からの断絶を企てています。それは、少なくとも、バークの語った保守主義ではありません。
 保守主義本来の叡智を確認した上で、現在、保守を自称する人たちの思想と比べ、差異を浮き上がらせることができれば、と考えました。
 水島 保守主義が存在するためには敵が必要で、進歩という強力な理念への対抗軸として、保守主義が力を持つ、という関係性がありますよね。ところが現在は、未来が見えず進歩的な思想も力を失っている。それに伴って、保守主義も何を保守すべきか分からなくなっている。先ほど話した通り、こうした状況は、ポピュリズムが出てきた背景とも重なります。
 宇野 おっしゃる通り、最初はフランス革命、次は社会主義、二〇世紀になってからは、「大きな政府」を擁護するリベラリズム、と進歩主義的な対抗原理があってこそ、保守主義は成り立ってきました。つまり保守主義には、必ずしも自ら積極的なアイデンティティがあるわけではない。
 保守主義者の権化のように言われる福田恆存ですが、保守というのは態度であって、主義ではないと言っています。つまり、進歩主義というものに対して待ったをかける、精神的な態度のことを保守というのだと。また、戦前から戦後へ、観念が書きかえられてしまったこと、日本には断絶せずに続いている伝統や歴史がないことを嘆きます。福田とは対照的に、丸山眞男は、日本の過去や伝統を克服すべき対象と捉えました。けれど一方では、「信念ある保守主義」の欠如を嘆いてもいた。まずはこの国の尊重すべき原理をはっきり示さねば、それに対する批判もできないと。
 アメリカの場合は、大都市のエリートに対抗する自立自存の人間=セルフメイドマンという、理想の人間像があります。またキリスト教精神という根強い規範も存在します。比べて、日本人の保守すべき原像は極めて曖昧です。そのためジェンダーや在日などの仮想敵を叩くか、「美しい日本」のような、共有されない幻想を持ち出す。私は、保守主義が一番劣化しているのは、日本ではないかと思っています。
 水島 宇野さんは、保守主義とは「(1)具体的な制度や慣習を保守し、(2)そのような制度や慣習が歴史のなかで培われたものであることを重視するものであり、さらに、(3)自由を維持することを大切にし、(4)民主化を前提にしつつ、秩序ある漸進的改革を目指す」とまとめておられます。それに照らしても、日本の保守主義は危機的な状況にありますね。
 一方、今、ヨーロッパの保守が仮想敵としているのは、イスラム教徒です。おそらく、ヨーロッパの保守にも、闘うべき強力な相手がいなくなって、その中で九〇年代以降見出したのがイスラムだった。ヨーロッパの保守派は二〇世紀の間、イスラムをターゲットにすることはほとんどなかった。ところが今では、イスラムの脅威からヨーロッパが培ってきた自由や人権を守れ、と。何とか自分たちの基盤を立て直そうとしている感じがするんです。

週刊読書人
2017年2月10日号(第3176号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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