『晩夏の墜落』
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本年のエドガー賞受賞作! 米社会を抉る濃密ミステリー
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
アメリカ探偵作家クラブが前年に出たミステリー作品の中から最も優れたものに贈る文学賞――エドガー賞の二〇一七年度受賞作。文庫版も同時発売の話題作である。
もっとも著者のホーリーはプロパーのミステリー作家ではなく、テレビドラマで数々の人気作を手がけたクリエイターとして知られる。作家としては『大いなる陰謀』という「オフビートな冒険物語」以来、一六年ぶりの翻訳紹介。『BONES―骨は語る―』、『FARGO/ファーゴ』等のドラマをご覧の方々は本書もさぞや個性的なのではと思われるかもしれないが、骨太な人間ドラマが堪能できるのは間違いない。
物語はアメリカ・マサチューセッツ州のリゾート、マーサズ・ヴィンヤード島からニューヨークへ向けてプライベートジェットが飛び立つところから始まる。だが離陸して一八分後、同機は墜落。飛行機をチャーターしたのはメディア王デイヴィッド・ベイトマンで、その妻マギーの誘いで同機に乗っていた画家のスコット・バローズはデイヴィッドの息子JJとともに九死に一生を得るものの、やがてマスコミの餌食に。
通常のミステリー作品ならば、その後は本書にも登場するNTSB(国家運輸安全委員会)を中心にした捜査チームによる真相究明が話の軸になっていくところだが、機体も乗客もなかなか見つからず、そちらはお預けに。その代わりに描かれていくのが、乗客、乗務員ひとりひとりの墜落に至るまでの足跡だ。
バローズはメディア王の知り合いではあるが、画家として注目を浴びるようになったのはつい最近で、中盤まで伏せられるその画題が衝撃的。メディア王の一家は娘のレイチェルが幼時に誘拐事件に遭っており、今の生活は安定しているものの、不穏な要素を孕んでいる。実際ベイトマン家の莫大な遺産を手中にするマギーの妹エレノアは夫婦関係をこじれさせていく。またデイヴィッドの友人でやはり飛行機に乗り合わせた銀行家ベン・キプリングは違法ビジネスに関わり訴追寸前だった……。
著者の筆は事故被害者はもとよりNTSBの調査主任やパイロット、客室乗務員にまで及ぶ。そしてそれを踏まえたうえで、改めて墜落の真相に肉薄していくのである。墜落に巻き込まれた人々、それを食いものにしようと図る者ども。アメリカ現代社会の縮図ともいうべき狂騒劇とスリリングな航空機事故サスペンスとを見事に合体させた、文学色も濃厚な社会派ミステリーだ。