『コルヌトピア』
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植物と人類の共生を描く近未来SF
[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)
第五回ハヤカワSFコンテストで大賞を受賞した津久井五月『コルヌトピア』は、設定に吸引力がある作品だ。二〇四九年に都心南部直下地震が発生し、荒川両岸と環状八号線沿いの多くの建物が倒壊焼失し、三万五千人以上も死亡した後の東京。復興過程で二十三区を囲む環状緑地帯が作られたうえ、ビルの壁面も蔓植物や着生植物などの植生で覆われた。
かねてより地球温暖化やヒートアイランド現象への対策として都市の緑化の重要性がいわれている。だが、『コルヌトピア』は緑の力で癒せ、自然へ帰れという図式で書かれた小説ではない。本作は、生きた植物の細胞で情報の読み書きを行い、演算に応用する技術「フロラ」が発達した未来が舞台である。日本の地方は疲弊したものの、二〇八四年の東京は、計算資源都市として経済的優位性を保っている設定だ。つまり東京の植生全体がコンピュータと化したわけで、人工と自然の境界線は融解している。
また、うなじに動物の角に似た「ウムヴェルト」と呼ばれる器具をつけることで、人間の脳と「フロラ」の電場を利用した通信が可能になる。人と植物がコミュニケーションし、意識がつながる状態だ。
多摩川中流のグリーンベルトの立入禁止区域で火災が原因とみられるトラブルが発生する。その調査をめぐって物語は進む。
二十五歳の東大院生で建築学専攻の著者による街並みの描写は、細密で臨場感がある。「フロラ」の設定によってある種のユートピアを創造した本作は、人工対自然、都市化、経済などの問題をめぐる興味深い思考実験にもなっている。一作だけではもったいない設定であり、続編を期待したい。