角田光代 すっと気温を下げる五冊――『残穢』『ゴールデンボーイ』ほか

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すっと気温を下げる五冊

[レビュアー] 角田光代(作家)

私が選んだ「新潮文庫」5冊

 じりじりとした夏の気温が、読んでいるうち、二、三度落ちるように感じられる小説五作を選んだのだけれど、選びながら、「こわい」ってこんなに幅が広いのだなあとあらためて気づいた。『残穢』のこわさは、至極まっとうな怪談の恐怖で、小説の奥に潜む強烈な闇に、一行読むたびにのみこまれていくようだ。ホラー小説の名手、スティーヴン・キングの『ゴールデンボーイ』は、超常現象ではなく、ごくふつうの人間の持つおそろしさを描く。ひょんなきっかけで、自分でも気づかなかった心の奥底の怪物が、目覚めていく恐怖。後味の悪さは、収録作「刑務所のリタ・ヘイワース」が拭ってくれるはず。

『贖罪』のこわさは重苦しい。たったひとつの証言が人の運命をこんなにも大きく変える。証言をした少女は、嘘をついたのではない、そう思いこんだというだけなのだが、それが間違いだったと成人した彼女が気づくときの、深い穴に落ちていくような恐怖を読み手も生々しく味わえる。

『文鳥・夢十夜』の話はどれも、はじめて読んだときから、自分の経験のように私の内に染みついてしまった。はかなくうつくしい、あの世での記憶みたいに。

 こわい小説は古今東西多々あれど、私を激しく恐怖させ動揺させる短編小説「剃刀」が収録されている『清兵衛と瓢箪・網走まで』を、こわさに呼ばれて幾度読み返しただろう。表題作もへんなこわさだ。

 こんなにもたくさんの「こわい」がある。こわいというのは、紛れもない、ひとつの感動なのである。

●『文鳥 夢十夜』夏目漱石[著]
●『清兵衛と瓢箪・網走まで』志賀直哉[著]
●『贖罪(上・下)』マキューアン イアン [著]
●『ゴールデンボーイ : 恐怖の四季春夏編』スティーヴン・キング[著]
●『残穢』小野不由美[著]

新潮社 波
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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