伸び代を掴んだ“ハルキ”本 毎月重版、人気の秘密〈ベストセラー街道をゆく!〉

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伸び代を的確に掴んで新たな読者を開拓

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 かの村上春樹がDJを務め、自身が所有するレコードやCD、iPodをスタジオに持ち込み、音楽や文学について語ったことで大反響を呼んだ特別番組「村上RADIO」。8月に放送された第一弾に続き、第二弾の放送も今月21日に控えている。その背後で着々と売れ続けているのが『村上春樹の100曲』(栗原裕一郎、藤井勉、大和田俊之、鈴木淳史、大谷能生による共著)だ。6月の発売以来、なんと毎月重版出来となり、現在めでたく4刷。版元の立東舎の担当者によれば、ラジオの情報発表前から進められていた企画だったのだという。

「村上春樹作品に音楽が頻繁に登場するのはファン以外にも広く知られている。正直、やられたなと思いましたよ」と語るのは、ポップに仕立てた人文系のヒット作を数多く手掛けてきた若手編集者だ。「ハルキといえば、すでに文芸批評の文脈ではさんざんやり尽くされているイメージがある。だからもう簡単には企画が通らないんです」─各社が尻込みする理由の裏には、“ハルキ”をめぐる状況の変化もある。

『騎士団長殺し』の時のマスコミの過熱ぶりと実際の売れ足に少なからぬギャップがあったことからも窺えるとおり、すでに“ハルキなら何でも売れる”というフェーズではなくなってきている。「この本はそういう膠着した状況に“音楽”という面からアプローチしたことで、すでに知られているはずの春樹作品の読みの多角化を狙っている。読者層を新たに開拓した点が素晴らしいなと」(同)。

 実は本書には『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社、2010年)という前身がある。著者のひとりである栗原氏曰く、そちらは文芸評論としての性格が前面に出ていたせいか売れ行きは思わしくなかったという。その経験を経て考えついたのが「ディスクガイドに偽装する」というアイディア。「音楽書も文芸書以上に厳しい状況である一方、なぜかディスクガイドは売れる」(栗原氏)という事実に目をつけた。ジャンルごとの伸び代を的確に読んだ上でのヒットだったわけだ。

新潮社 週刊新潮
2018年10月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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