『ベルリンは晴れているか』
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抑圧に抗う力をくれる勇敢な人たちの物語
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
良心はどうしたら守れるのか。差別や暴力は悪だとわかっているつもりでも、この人たちは人間扱いしなくてもいいのだとお墨付きを与えられたら、敵を攻撃しなければ我が身が危険にさらされるとしたら、流されてしまうのではないか。『ベルリンは晴れているか』を読むと心底恐ろしくなる。直木賞・本屋大賞候補作『戦場のコックたち』で注目を集めた深緑野分(ふかみどりのわき)の最新長編。一九四五年の夏のベルリンを舞台にした歴史ミステリーだ。
ナチス・ドイツの敗北後、ベルリンは米ソ英仏四カ国の統治下におかれていた。アメリカ軍の兵員食堂で働くドイツ人少女アウグステのもとに、ある日憲兵隊がやってくる。彼女の恩人にあたる演奏家が、毒入りの歯磨き粉を使って死んだのだ。ソ連領域に住む彼は、どうやってアメリカ製の歯磨き粉を手に入れたのか? アウグステは尋問を受けるがまもなく解放され、恩人の甥に訃報を伝えるべく旅に出る。ユダヤ人の悪役俳優として忌み嫌われ、役者をやめてからは泥棒におちぶれていたカフカを道連れにして。
動物園のワニを大鍋で煮るコック、森の中に小石を並べて家を建てようとする老人、少年窃盗団のボスをつとめる金髪碧眼の美少女……独裁者が死んでも暗闇に覆われた街で、アウグステとカフカはさまざまな人と出会う。それぞれが戦争によって傷つけられているが、無辜の被害者は誰もいない。どんな苦しみを味わったとしても、迫害は迫害、略奪は略奪、殺人は殺人。仕方なく赦(ゆる)されることなどないとアウグステは行動で示していく。自らの過ちからも目をそらさず。やはり自分の罪と向き合うカフカの〈きっと俺はまたやる。またしでかしちまう〉という言葉が突き刺さる。それでも最後には自由という青空を求めたいと思う。アウグステがケストナーの名作をお守りにしていたように、勇敢な人たちの物語は抑圧に抗う力をくれる。