「安物雑貨店のドストエフスキー」ジム・トンプスン待望の復刊

レビュー

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  • ポップ1280(新装版)
  • 拾った女
  • その雪と血を

書籍情報:版元ドットコム

「安物雑貨店のドストエフスキー」 米犯罪小説家の待望の復刊

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 かつて「安物雑貨店(ダイムストア)のドストエフスキー」と評された犯罪小説家、ジム・トンプスンの代表作である『ポップ1280』(三川基好訳)がついに復刊された。ちなみに冒頭の評価は、本書に収録された評論家ジェフリー・オブライエンの評論にある言葉だ。

 語り手のニック・コーリーは小さな田舎町ポッツヴィルで保安官の地位に就いている。ニックの胸中は不安でいっぱいだ。自分は空っぽの人間だ。保安官を辞めたら他に何もできることがない。年上の妻マイラはいつも口喧しい。最近、住人たちが自分の仕事ぶりに満足してないのではないか等々。昔の婚約者であるエイミーには冷たい仕打ちを受ける。鬱屈を抱えるニックに変化が表れたのは、町の売春宿にいる悪党を相手にした時だった。

 一見とぼけた語り口の中から突如としてどす黒い感情が噴出し、暴力の渦に巻き込まれる。ニックが微笑みの下に隠れた本性を見せる度に、読者は人々が駒のように扱われる非情なゲームを目撃することだろう。そして荒々しい言葉の嵐の果てに待つ、余りにも唐突な結末。そこに猥雑な世界から崇高な魂を見るトンプスンの人間観がある。

 ジム・トンプスンのように五〇年代から六〇年代にかけてペイパーバックで活躍した米国の犯罪小説家たちは、八〇年代に入って再評価された。チャールズ・ウィルフォードもその一人で、近年では『拾った女』(浜野アキオ訳、扶桑社ミステリー)が邦訳されている。運命の女との出会い、そして破滅的な道を描く正道のノワールでありながら、最後に意表を突く仕掛けが施された小説でもある。

 ジェイムズ・エルロイをはじめ、ペイパーバック作家たちの犯罪小説に影響を受けた後発のミステリ作家は多い。それは英米だけに留まらず、例えばノルウェーの作家ジョー・ネスボは『その雪と血を』(鈴木恵訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)という、米国産ノワールへのオマージュ作品を書いている。突然の恋に落ちた殺し屋の運命を描く、犯罪物語とクリスマス・ストーリーを融合させた小説だ。

新潮社 週刊新潮
2019年9月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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