【ニューエンタメ書評】伊坂幸太郎『クジラアタマの王様』青木祐子『これは経費で落ちません!6 経理部の森若さん』 ほか

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エンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

残暑も吹き飛ばす驚きのミステリー作品を6作ご紹介します。ミステリーの醍醐味を是非味わってみてください。

 ***

 九月なのにあっついなあ! こうも暑いと何もする気が起きず、ついダラダラしてしまう。仕事をしていたはずがいつの間にか寝ちゃってた……なんてことも。

 そんな私の目が覚めたのは、仕事の〆切を勘違いしていたという事実に気づいた瞬間だった。いやあ、人間、心の底から驚いた時って劇的に目が覚めるよね!

 ということで今回は、暑さに負けてゴロゴロしているあなたの目を一瞬で覚ましてくれるサプライズに満ちた作品を紹介するぞ。衝撃の結末、意外な展開、どんでん返し。ええっ、と声を出して驚いていただきたい。

 まずは小説とイラスト(写真)を組み合わせて物語を動かすという試みの作品が、偶然にも二冊相次いで刊行されたので、それから紹介しよう。

 伊坂幸太郎『クジラアタマの王様』(NHK出版)を開いてまず目に入るのは、漫画のようなコマ割りでイラストが描かれたページだ。文字はない。中世ヨーロッパのような、あるいは異世界ファンタジーのような風景の中、ひとりの人物が兵士らしき装いで家を出ていく様子が描かれる。

 そこから始まる本編は現実の日本社会が舞台だ。製菓会社の広報部に勤務する岸は、自社商品を人気スターがテレビで褒めているのを見て無邪気に喜んだ。ところが後日、そのお菓子に画鋲が混入していたとクレームがあり、彼の会社は対応に大わらわになるのだが……。

 岸が出会う現実の事件と、随所に挟み込まれるファンタジックなコミックパート。読み進むうちに、このコミックパートが何を意味しているのかがわかってくる。

 伊坂幸太郎の小説は時にファンタジックで、文体は飄々としていて、登場人物は浮世から5センチくらい離れている感じがする。それが著者独特の世界を作り上げているのだが、にもかかわらず描かれる内容は──もしくは比喩として語られているものの正体は、シビアなほどの現実だ。生きていれば否応無く出会う数々の理不尽。その理不尽に対し、私たちは何ができるのか。何をすべきなのか。本書のベースにもその問いかけがある。

 コミックパートは物語を補完し、推進させる大きな役割を持っている。こういう使い方があるのかと感心した。もちろん、伏線が鮮やかに回収される伊坂クオリティは健在。そう来るかー! と驚くこと請け合いだ。

 一方、同じように図版を使いながら、本編の補完ではなくオチとして載せたのが道尾秀介『いけない』(文藝春秋)である。同じ町を舞台にした全四章からなる連作短編集だ。一件の交通事故が別の殺人を呼ぶ第一章。少年が目撃したはずの殺人現場が実は……という第二章。宗教団体の幹部が死体で発見された第三章。そして終章という構成だが、これが実にトリッキー。

 どの話も縦横無尽に張り巡らされた伏線と思わせぶりな描写がてんこもりで、それらが結びついて意外な展開になる様には「なるほど上手いなあ」と感心しきりなのだが、本書はそこで終わらない。各章の最後につけられた図版をよーく見てみると「あっ!」となるのだ。あっ、そうか、そういうことだったのか! え、でも、ということは……。

 これは読者が能動的に読書に向かうことで面白さが何倍にもなる仕掛けと言っていい。想像力、推理力がめちゃくちゃ刺激される。何から何まで親切に説明してくれるミステリより、気づいたときのサプライズとカタルシスは大きいかもしれない。最後の最後までヤラレタ感に満ちた一冊だ。

 だが決して仕掛け頼み・サプライズ頼りの作品ではない。最後のどんでん返しが読者に与える感動たるや。エンディングにこれを持ってくるとは、ニクいなあ。

 下村敦史『絶声』(集英社)にも「ええっ!」と目が覚める仕掛けが用意されている。膵臓癌を患った父親が失踪し、行方も生死もわからないまま七年が経ったため、息子たちは失踪宣告の申し立てに踏み切った。認められれば法的に父は死亡したとされ、莫大な額の遺産を三人の子どもたちが相続できるのだ。ところがいよいよ相続が可能になる〈死亡確定〉の九分前、事態が大きく動く。なんと父のブログが更新されたのだ──。

 いやあ、なんとも魅力的なオープニングではないか。三人の子どもというのが、これがまた絵に描いたような典型的金目当てキャラ勢揃いで笑ってしまうほど。だが、謎は極めて複雑だ。このブログは何なのか、父親が書いているのか、そうでないならいったい誰が書いているのか、何のためにこのタイミングで更新が始まったのか、書かれていることは本当なのか──何の手がかりもない状態で、読者は三人の子どもたちと一緒に翻弄されることになる。だって何が起きているのか推理しようにも、何も材料がないんだもの!

 と思った時点で著者の術中なのだ。あった。ありましたよ材料。はっきりと。いやあ、やられた。ある人物が〈そのこと〉を指摘した瞬間、寝転がって読んでいた私は思わず起き上がったね。そして再読したね。再読せずにはいられない作品なのだ、これは。

 起き上がった、といえば東野圭吾『希望の糸』(講談社)も読んでいる途中で思わず起き上がった一冊である。

 地震で我が子を失った夫婦がもう一度子どもをつくることで生き直そうとする話、金沢の老舗旅館の女将が父の遺言書に不可解な文言を見つける話、そして東京のカフェの経営者が殺された事件、という三つの話が序盤に登場する。本筋は殺人事件なのだが、他のふたつがそれに絡んでくるという展開だ。どう絡んでくるかは読んでのお楽しみ。

 殺人事件の背後に隠された真相とそれが訴えかけるテーマには唸るしかないのだが、私が読んでいる途中で起き上がった理由はそこではない。殺人事件を捜査する刑事の名前を見たときだ。松宮脩平、という。

 ファンはすぐに気づくだろう、東野圭吾の看板シリーズのひとつ、加賀恭一郎シリーズの登場人物である。加賀の従弟で、これまでも加賀を尊敬する後輩刑事として、また加賀のプライベートをよく知る人物として登場してきた。もちろん作中には加賀も登場し、捜査で手がかりを見つけてきたり松宮に助言を与えたりする。

 つまり本書は、加賀恭一郎シリーズのスピンオフなのだ。実は初版の帯には、そんなことは一言も書かれていなかったのである。講談社によれば「久しぶりに会えた!という驚きと喜びを味わってもらいたくて」伏せていたという。そして重版分からは、加賀の名前がドーンと帯に登場した。結果、この驚きが味わえたのは初版を買った読者だけということになる。まあ、ここでばらしちゃったけども。

 サプライズと言えばどんでん返し。どんでん返しにこだわった作品を集めた短編集が、水生大海『最後のページをめくるまで』(双葉社)だ。

 人に頼まれると断れない女のところに、いきなり元彼が押しかけてきた一件の顛末。妻を殺した男が、怪しまれないよう通夜と葬儀を乗り切ろうとする話。特殊詐欺の受け子が仏心を出した先に待ち受けるもの。夫の浮気相手から突然話しかけられた妻。息子をひき逃げされた母親が誓った復讐──という五編が収録されている。

 最後のページをめくるまでわかりませんよ、という意味が込められた総タイトル通り、終盤で一気に物語の構図がひっくり返る様は実に見事。ラスト一行でどんでん返す、いわゆるフィニッシングストロークとは違い、あるタイミングから世界の反転が始まるというタイプの作品集である。伏線回収の鮮やかさは粒ぞろいだ。

 ただ、本書の魅力は意外な結末だけではない。ミステリに慣れた読者なら、途中で「なるほど、あのパターンだな」と予想することだろう。だがそれも著者の技なのだ。わざと種を蒔いている。露骨な種から、読み巧者ほど引っかかる種まで、実にさまざま。ラストのどんでん返しがメインなのはもちろんだが、私はむしろ中盤の、読者を誘導する手管に感心した。著者のニヤニヤ笑いが目に浮かぶ。

 最後に、現在ドラマも絶好調の青木祐子『これは経費で落ちません!6~経理部の森若さん~』(集英社オレンジ文庫)を。会社の経理部員が主人公のお仕事&恋愛小説じゃないの? と思われるだろうが、どうしてなかなか、時々ミステリとして実に秀逸な作品が混じっているのである。

 たとえば最新刊の第六巻では、特定の女子に嫌がらせをしていると思われた社員の意外な真相だったり、先輩の彼女が本当に欲しがっているプレゼントが何なのかを推理したり。いずれも既刊のエピソードを踏まえた話なので、このシリーズは刊行順に読まれることをお勧めしておく。

 そして本書の白眉は、主人公の経理部員・森若さんが既刊で見逃したある人物の不正が形を変えて再燃し、会社をも揺るがす事態に発展した一件だ。池井戸潤の企業サスペンスか、と言いたくなるような展開なのだ。もちろん軽やか&コミカルないつもの森若さんテイストなのだけれど。

 だが軽やか&コミカルに見せかけて、人間の厄介な部分をさりげなく抉るのが青木祐子の得意技。一件落着──と思ったあとの森若さんにぜひご注目願いたい。ゾクッとするぞ目が覚めるぞ。

 サプライズに満ちたミステリで体と脳をシャッキリさせ、残暑を乗り切ろう。この暑さが過ぎれば、次に待っているのは我らが〈読書の秋〉だ!

角川春樹事務所 ランティエ
2019年9月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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