[本の森 ホラー・ミステリ]『カインは言わなかった』芦沢央/『罪の轍』奥田英朗

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カインは言わなかった

『カインは言わなかった』

著者
芦沢, 央, 1984-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163910697
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

罪の轍

『罪の轍』

著者
奥田, 英朗, 1959-
出版社
新潮社
ISBN
9784103003533
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 ホラー・ミステリ]『カインは言わなかった』芦沢央/『罪の轍』奥田英朗

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 とんでもないものを読んだ――今回の二冊は、いずれもそんな小説だった。まずは、芦沢央『カインは言わなかった』(文藝春秋)から。

 世界的な芸術監督が率いるダンスカンパニーの新作は、『カインとアベル』が題材だ。その主役に抜擢された藤谷誠が、舞台の三日前に姿を消した。失踪直前と思われるタイミングで、誠から〈カインに出られなくなった〉とのメッセージを受けたあゆ子は、誠の行方を懸命に追い始める……。

 芸術監督、ダンサー、その弟の画家。いずれもデモニッシュで圧倒的な才能を示す個性派の芸術家たちを、そうではない人物たち――その恋人や、才能の限界を知った人物、あるいはその家族など――の視点から本書は描く。芸術家たちもそれ以外もピリピリとした極度の緊張感のなかで動き、不安に囚われ、ともすれば悪しき方向に転落しそうになりながら、もがく。そんな人々を様々に動かして、著者は焦燥感に満ちた人間ドラマを紡ぎ出した。小説家としての著者の力量がしっかりと感じられる一冊である。そのうえで、終盤において本書はミステリに化ける。まさかこんなことが起こっていようとは。強烈なサプライズを感じたさらにその果てに、もう一つの衝撃が待つ。最後の四行に胸を打たれるのだ。とんでもない小説である。付け加えるならば、表紙と呼応する扉頁の装丁も素晴らしい。白さをとくと眺めて欲しい。

 もう一冊が奥田英朗『罪の轍』(新潮社)。東京五輪前年、といっても今年ではない。一九六三年の物語である。

 物覚えが悪く、仲間から馬鹿にされていた漁師手伝いの青年、宇野寛治。ある犯罪に手を染めた彼は、警察から逃れるべく、東京へと向かった。その後、東京は南千住で強盗殺人事件が発生。大学出の若手刑事、落合昌夫も捜査に駆り出される……。

 寛治と昌夫という若者の視点を軸に走り始める本書。その比重は徐々に昌夫の視点にシフトし、警察小説の色が濃くなっていく。それに同期して事件も進展し、ついには全国的な大事件になる(昭和の大事件を想起させる面もあるが、大筋は著者の創作)。大きく変化する時代のなかで事件が深みを増す展開が、まず素晴らしい。著者はさらに、事件も捜査も報道も変化する一九六三年の刑事たちの執念を、丹念かつ圧倒的な迫力で描く。同時に犯人の幼少期の出来事を語り、犯人と罪との関係について読者に考えさせる。誰を憎めばいいのか、誰に憎む資格があるのか。昭和を描いた小説だが、その問いはまさに現代の我々に突きつけられている。問いは重い。だが、清濁併せ呑むように成長する昌夫や所轄の名物刑事をはじめとする存在感たっぷりの人物たちが活躍し、一気に結末まで読ませてくれる。そう、とんでもない小説なのだ。

新潮社 小説新潮
2019年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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