地方自治体の健康管理――【自著を語る】『地方財政健全化法とガバナンスの経済学――制度本格施行後10年での実証的評価』

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地方財政健全化法とガバナンスの経済学

『地方財政健全化法とガバナンスの経済学』

著者
赤井 伸郎 [著]/石川 達哉 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165458
発売日
2019/07/26
価格
4,180円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

地方自治体の健康管理――【自著を語る】『地方財政健全化法とガバナンスの経済学――制度本格施行後10年での実証的評価』

[レビュアー] 赤井伸郎(大阪大学大学院国際公共政策研究科教授)/石川達哉(大阪大学招へい教授・ニッセイ基礎研究所客員研究員)

老いる自治体の健康状態(財政状況)と定期健診の必要性

 本年2019年で、地方財政健全化法(地方公共団体の財政の健全化に関する法律)が本格施行されてから丸10年となる。地方財政の健全化と言われても、実際、住民にはそれが目に見えるわけではなく、ふわっとしたもののように思えるのが普通であろう。何も気を遣わずに、節制に努めることもなく過ごしていると、私たちの身体がじわじわと不健康になっていくように、地方自治体の財政も、持続可能かどうかに注意を払わずに、予算の編成や執行をしていると、じわじわと健全性が損なわれていく。そのようにならないようにするためには、私たちであれば健康に気を遣い、自治体であれば財政の健全性に注意を払い、節制と規律を伴う毎日を過ごさなければならない。

 自分自身でそれが出来れば問題ないのであるが、実際には、そのような気遣いや節制は半ば強制されないと出来ないものである。私たちには、一定の年齢になれば、特定健診や人間ドックを定期的に受診することが推奨されているように、すでに高度成長期から半世紀近く経た今日の自治体においても、財政状況を毎年チェックする仕組みが必要となる。

 自治体の健康状態とも言える財政状況に注目すると、二つの「老い」の現象が見られる。ひとつは、人間同様、毎年、少子高齢化という形での「老い」の進行である。総人口に占める高齢者の割合が高まり、それに伴って、社会保障費が増大していく。また、少子化によって、労働人口が今後はますます減っていく。社会保障費増大は、公共支出の拡大を通じて、財政のバランスを歳出面から不健全にする。また、労働人口減少は、税収の減少を通じて、財政のバランスを歳入面から不健全にする。これらはいずれも、じわじわと影響が出てくるものであり、どうしても対策が後手に回る。

 もうひとつは、高度成長期に集中的に作られたインフラ施設の老朽化という「老い」の現象である。インフラ施設は、地面に設置する道路や上下水道から、学校病院や市民ホールなど地上に構築する公共施設に至るまで、幅広い。これらは、所得が急速に拡大した高度成長期に、短期間で作られたものが多い。そのため、今、多くの施設の更新時期が一気にやってきている。老いた自治体の健康を維持するためには、施設の大規模修繕や更新投資への対応が必要となる。当初、施設が構築されたときには、建築資金は円滑に確保出来たものの、現在は、ひとつめの「老い」からも資金的な制約が強まっており、今後、施設の修繕・更新に必要な資金を確保することは容易ではない。さらに、維持運営にもお金がかかるため、その意味でも、施設をすべて更新することは不可能に近い。求められるのは真に必要なインフラ施設を厳選することであり、コンパクトで機能的な街づくりもを目指す必要がある。

 このように、自治体の財政運営は、将来を見据えた形で長期的な戦略に基づいて行わなければならない。将来にわたって安定的で持続可能な地方財政の運営を確保するという意味では、自治体の財政は常に健全でなければならない。そのためには、まず、自分自身の健康状態、すなわち、財政状況の正確な把握が不可欠である。

 しかし、財政が本当に持続可能な状態にあるかどうか、健全性に全く問題がないかどうかは、客観的な診断を受けなければ、自分自身ではなかなかチェックできないものである。実際、自治体の財政を運営するのも人間であり、必ずしも住民の選好についてのすべての情報に基づいた適正な選択がなされるわけではない。それゆえ、住民がその自治体の財政運営の状況を的確に把握し、適正化を促す自己診断と自己規律の仕組みがなければならない。

自治体の財政状況を透明化する地方財政健全化法

 理想的な「財政民主主義」のもとでの財政運営が行われていれば、自治体の財政運営には、選ばれた首長や議員を通じて住民の意向が反映され、毎年の予算編成における歳入・歳出は住民の便益を長期的に最大化するように決定されるはずである。万一、誤った見通しに基づくプロジェクトを実施したり、誤った選択を行ったりしたことで財政が悪化した場合には、軌道修正して財政健全化が行われるはずである。現実が必ずしも理想的な状況にあるとは限らないとしても、「財政民主主義」が守られている以上、自治体は自発的に財政健全化を行うインセンティブを元来は持っていると考えることができる。

 しかし、自治体による財政運営、財政的選択にかかわる情報には、行政府と住民との間に大きな非対称性が存在するため、自治体は、住民のためにはならない選択をしたり、特定の人の私利私欲のために、住民全体の便益に反する選択を恣意的に行ったりすることもありえる。さらに、その結果として、財政悪化が進行した場合も、速やかな財政健全化策を採らないことがあり得る。たとえば、持続可能ではない財政状況を隠ぺいしたり、不正経理によって公表される決算結果や財政指標を操作したりする可能性すらあると言わざるをえない。その典型にして、最も不幸な事例が、2006年に発覚した夕張市の財政破綻である。このような深刻な財政危機が二度と生じないように、財政悪化の初期段階で自治体が自発的な財政健全化を進めるような制度導入に向けた法整備が行われた。それが2007年度に公布され、旧再建法(地方財政再建促進特別措置法)の廃止を伴う形で、2009年度から本格施行が始まった地方財政健全化法である。本書は、同法の本格施行10年を機に、その効果、とくに、自治体の自発的な財政健全化を促す効果(ガバナンス効果)を実証的に評価する目的で執筆したものである。

 地方財政健全化法の最もわかりやすい成果を挙げるならば、個別自治体の財政運営の健全性を測る財政指標、具体的には、四種類の「健全化判断比率」が、この10年間で大きく改善したことである。とくに、財政運営の中心にある一般会計に関する毎年の決算収支、すなわち「実質収支」の赤字を計上する自治体が、近年ではほとんど現れていないことであり、それは、旧再建法のもとでは一度も実現できなかったことである。

 では、現行の地方財政健全化法は旧再建法とどのような点が異なるのだろうか。決定的な違いと言えるのは、自治体が自発的な財政健全化を行うインセンティブを活かした制度設計にある。旧法のもとでは、不正経理によって財政悪化の隠ぺいや財政健全化の先送りが可能であり、また、見方を変えれば、自治体が元来持っているはずの財政健全化インセンティブを制度の抜け穴が阻害していたと言ってもよい。地方財政健全化法は、これを抜本的に見直し、多方面から財政状況を把握し、透明化に貢献す、4種類の健全化判断比率を採用することで、不正経理をすること自体を困難にしている。加えて、住民に対する公表の仕組みやプロセスを改め、地域社会を構成する住民自身が財政状況を正しく理解することを通じて、住民からのモニタリングの力、不適切な財政運営や誤った財政的選択を抑止する力が効果的に働くようにしている。

 この健全化判断比率には、財政悪化進行度合いの目安となるレッド・ゾーンの基準値(「財政再生基準」)だけでなく、イエロー・ゾーンの基準値(「早期健全化基準」)が定められていることも、旧再建法のもとでのルールにはなかった特徴である。きわめて深刻な財政悪化を意味するレッド・ゾーンよりはやや軽度な財政悪化を意味するイエロー・ゾーンが設定されていること自体も、レッド・ゾーンまで財政危機が進むことを事前に防止する大きな抑止力となる。レッド・ゾーンに達すれば、首長と議会の責任において、「財政再生計画」を策定・実施し、計画期間内に良好な財政状況を実現しなければならない。同様に、イエロー・ゾーンに達すれば、首長と議会の責任において、「財政健全化計画」を策定・実施しなければならない。これらの状況下では、自然体での予算編成を行える状況と比較すれば、財政的選択に自ら大きな制限を課し、きわめて緊縮的な財政運営をしなければならない。当然、地方行財政サービスを受ける住民の便益は著しく損なわれることになる。

 そうした事態を回避するために、自治体は、自発的に財政健全化を進めるインセンティブを持つことになる。本書は、この仕組みの10年間の成果を検証し、更なるステップを目指す試みである。

本書各章の内容

 第1章とその補章では、導入部分として、地方財政健全化法成立の経緯と同法のもとでの財政健全化制度の内容に加え、健全化判断比率の具体的な算定方法、実績値の推移と早期健全化基準や財政再生基準など健全化判断比率に関わるルールがもたらす効果を紹介している。誤解されやすい点も明らかにしており、このパートを読むだけで、制度に対する理解は大きく進む。

 第2~4章は、地方財政健全化法によって定められた個別の健全化判断比率を直接の考察対象として、自治体の財政健全化行動を促すガバナンス効果を持つことを計量経済学的に検証している。具体的には、三指標(「実質公債費比率」、「連結実質赤字比率」、「将来負担比率」)に関して、この数年の間に学術誌に採択された論文や学会で報告した論文をベースとしつつ、採用モデルの精緻化や利用データの更新を行い、検証すべき仮説を設定し、精選されたデータを用いて計量的な分析を行っている。その結果、いずれの指標も、「健全化判断比率の早期健全化基準からの乖離率」が小さいほど、言い換えると、「財政健全化団体」となって、その後の財政的選択を自ら制限しなければならない状況に陥る可能性が高まるほど、それを回避するための財政健全化行動が促されるという点が確認された。続く第5章では、これらの総合効果も含めて、「実質赤字比率」の効果を検証し、地方財政健全化法が導入した四種類の健全化判断比率のガバナンス効果がすべて立証されている。

 しかしながら、制度上の不備によって、これらの効果が十分に機能していない部分もある。第6章と第7章では、持続可能な地方財政運営を常に確保できるように、現行制度の弱点を明らかにする一方、健全化判断比率の問題点を改めることで、元来備わっているガバナンス効果をさらに強化するための対応策を、個別自治体の視点(ミクロ)および地方全体の視点(マクロ)の両面から、提示している。

 本書が契機となって、住民に対するいっそうの情報公開が自治体によって行われ、財政運営に対する住民による監視(モニタリング)を通じたガバナンスも強化されることで、地方分権と地方自治の推進にも貢献することを期待したい。

有斐閣 書斎の窓
2019年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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