【文庫双六】すでに廃線 詩情あふれる北の終着駅――川本三郎

レビュー

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すでに廃線 詩情あふれる北の終着駅

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

【前回の文庫双六】頑固一徹のマグロ漁を端正な文体で描いた「吉村作品」――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/602107

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 吉村昭の『魚影の群れ』はよく知られるように相米慎二監督によって一九八三年に映画化された。

 下北半島の大間漁港に住む漁師、緒形拳の闘いのような勇壮なマグロ漁を描いた力強い作品。

 現地ロケによるマグロ漁の迫力もさることながら、この映画の素晴しい場面は、“雨中の追いかけ”だろう。

 漁師の緒形拳はある時、大間を離れ、別の漁師町で骨休みをする。

 雨の日。旅館の窓から下を見ると、家出した女房、十朱幸代が通りを歩いている。

 彼女に未練があるのであとを追う。それに気づいた彼女は逃げる。雨のなか男が追い、女は逃げる。下駄を脱ぎ捨て雨のなかを必死に走る。それを男が追う。

 この男女の愛憎がしみこんだ迫力ある場面が撮影されたのは、北海道の日本海側の漁師町、増毛。

 かつてはニシン漁で栄えたが、その後、不漁が続き寂れていった。

 増毛は留萌本線の終着駅。鉄道好きなら誰もが一度は訪れたくなる北の小駅。

 鉄道紀行文の第一人者だった宮脇俊三の『終着駅へ行ってきます』(単行本の出版は一九八四年)には当然、この駅が登場する。

 ホームはひとつあるだけ。その先には何もない文字通りの終着駅とある。

 寂しい詩情があるために、降旗康男監督の『駅 STATION』(八一年)のロケ地にもなっている。冬、故郷に帰る高倉健がこの町で居酒屋のおかみ、倍賞千恵子と心を通わせる。

 増毛駅には何度か行った。駅舎のなかにそば屋が出来ているのには驚いた。

 乗降客が少なくなったための苦肉の策だろうが、結局、留萌本線の留萌―増毛間は二〇一六年十二月に廃線になってしまった。

『終着駅へ行ってきます』から四十年近くなる。本書に登場する鉄道の多くは廃線となっている。

 標津線、士幌線、瀬棚線などとくに北海道が多い。宮脇さんはこのあと廃線跡の旅を始めることになる。

新潮社 週刊新潮
2020年1月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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