「生い立ち」を消して「別人」になりたい――現代人の欲望から起きた悲惨な事件が導く感動的なラストとは?『ブラッド・ロンダリング』

レビュー

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ブラッド・ロンダリング

『ブラッド・ロンダリング』

著者
吉川英梨 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309028637
発売日
2020/03/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

「生い立ち」を消して「別人」になりたい――現代人の欲望から起きた悲惨な事件が導く感動的なラストとは?『ブラッド・ロンダリング』

[レビュアー] 三浦天紗子(ライター、ブックカウンセラー)

警察小説の人気シリーズを数多く手がける小説家・吉川英梨さんの新作『ブラッド・ロンダリング』に、ライターの三浦天紗子さんによる書評をお寄せいただきました。

 ***

 私の記憶の中で、日本のミステリにおいて女性刑事が強い印象を残した最初の警察小説と言えば、乃南アサの『凍える牙』(新潮社、のちに新潮文庫)だ。バツイチ、三十代の音道貴子は、警察組織という男社会とも闘いながら事件と向き合っていく。一九九六年上半期の直木賞にも輝いたその作品以降、実に多くの女性刑事たちが活躍するようになった。
 たとえば、バツイチ子持ちのタフな敏腕女性刑事、雪平夏見を生んだ秦建日子の『推理小説』(河出書房新社、のちに河出文庫)。自分も事件被害者であった過去を持ち、いまは捜査一課殺人犯捜査係の主任として班を仕切る姫川礼子が活躍する誉田哲也の『ストロベリーナイト』(光文社、にちに光文社文庫)。父の遺志を継ぎ、同じ警視庁捜査一課の刑事となった新米刑事、如月塔子が遺留品から犯人をプロファイリングしていく麻見和史の『石の繭 警視庁捜査一課十一係』(講談社ノベルス、のちに『石の繭 警視庁殺人分析班』と改題され講談社文庫)。これらはいずれもシリーズ化され、ドラマ化もされているが、もちろんごく一部。ミステリ好きなら、読者それぞれに推し女性刑事がいるだろう。

 そして、本書『ブラッド・ロンダリング』の著者、吉川英梨も、女性刑事の活躍に目を瞠る作品を多く書く。警視庁で殺人捜査や女性犯罪捜査の畑を歩むハラマキこと原麻希が猪突猛進に事件を解決していく「女性秘匿捜査官」シリーズを筆頭に、警察庁の公安秘密組織「十三階」、いわば諜報活動を行う精鋭部隊に所属する黒江律子の「十三階の女」シリーズ。また「警視庁53教場」シリーズでは、主人公の警視庁捜査一課、五味京介とコンビを組む府中警察署刑事課強行犯係の瀬山綾乃がいい味を見せる。
 さて本作も、主役は警視庁捜査一課の柿内班に配属されてきた新米刑事、真弓倫太朗という体なのだが、同班の先輩である二階堂汐里という女性刑事が、実に気になる存在の相棒になる。物語は、倫太朗が、直属の上司で真弓の父親と同期同教場だった柿内時雄に辞表を渡す場面から幕を開ける。「主役がいきなり退場?」という大きな疑問符に引っ張られながら、読者は彼らが最初に挑む事件へと進んでいく。
 倫太朗が柿内班に迎え入れられたその日、牛込所轄内で転落死した惨死体が発見された。駐車場に停めてあったベンツに、頭を下にして突き刺さっていた男は、四十五歳の政治畑の記者。下地修。遺書もあったことから自殺で処理されそうになっていたが、汐里は被害者の革靴の先についていた塗料に違和感を持つ。柿内も捜査続行を指示。汐里と倫太朗が交友関係をたどって突き止めたのは、〈ダイヤモンドダスト〉という芸能事務所とその会社の元マネージャー、井久保だ。ところが井久保は、下地より先に自宅で変死していた。自殺とも他殺とも断定できないふたつの事件を調べていくうちに、ふたりはさらに、女優の隠し子出産疑惑、熊野古道にある十津川村果無集落でのある変死事件、集落の運命を変えた大きな事件に行き当たる――。

 幾重にも重なる事件の裏に何があるのか。その先に見えてくる過酷な運命とは。意外な展開の連続で、先へ先へと引っ張られるままに読み進むうちに、表題〈ブラッド・ロンダリング〉の意味がつかめるという趣向。
 事件の意外性、組織から浮いているひとクセある主人公の存在感、事件解決に一丸となるチームの熱さ、脇役メンバーの個性など警察小説の魅力を存分に含んでいるが、中でも主役級ふたりのキャラと設定には、ちょっと類を見ない独創性があるように思う。倫太朗は、ある秘密を抱えているせいで自分を語ることや心を開くことを極力避けている。なかなか底が見えない。汐里は、元組織犯罪対策部、つまり暴力団相手の部にいて、殺人捜査を扱う刑事部へと鞍替えしてきた異色ダネ。それには元恋人を亡くした重い過去が関わっているようだが、読者にとっても、それが喉に刺さった小骨のように絶えず引っかかる。だが、彼らのことが少しわかってくると、倫太朗と汐里がなぜタッグを組むにふさわしいかという意義も見えてくる。
 多くの読者が続編を熱望するであろう、感動的なラストが待っている。

アップルシード・エージェンシー
2020年4月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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