UFOを待ち望む人々を描いた異色作や精神分析医のサイコ・サスペンスなど、三島由紀夫を好きになる7作品〈新潮文庫の「三島由紀夫」を34冊 全部読んでみた結果【中編】〉

レビュー

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美しい星

『美しい星』

著者
三島 由紀夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101050133
発売日
1967/11/01
価格
737円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

34冊! 新潮文庫の三島由紀夫を全部読む[中編]

[レビュアー] 南陀楼綾繁(ライター/編集者)

南陀楼綾繁・評「『物語』を堪能できる長編」


三島由紀夫

三島は苦手というライター・南陀楼綾繁さんをとりこにしたテッパンの長編がこれだ!
その豊かな物語性に没入し、魅力にはまったライターが紹介する七作品。三島はこれから読むべし!

 ***

 三島由紀夫は生涯に三十三作品の長編小説を書いた(「女神」は新潮文庫では中編扱いなので除く)。新潮文庫で刊行されているのは、そのうち二十一作品である。それ以外の十二作品は現在、角川文庫で八作品、ちくま文庫で四作品が刊行されている。戦後に活躍した純文学作家で、すべての長編が文庫で読める作家はほかにいないだろう。

 注目したいのは、新潮文庫に入っていない長編が連載されたのが『婦人公論』『主婦之友』『婦人倶楽部』『マドモアゼル』『週刊プレイボーイ』などの女性誌・大衆誌や、読売・朝日など新聞の連載小説だったことだ。

 一方、新潮文庫に入った作品は、『永すぎた春』が『婦人倶楽部』、『獣の戯れ』が『週刊新潮』、『音楽』が『婦人公論』に連載されたことを除けば、『新潮』『文學界』『中央公論』などの文芸誌・総合雑誌に発表されるか、書下ろしで刊行されている。

 この点について、藤田三男は「純文学」と「大衆小説(エンターテインメント)」を峻別した作家だったと述べる。その証拠として、三島の場合、純文学作品は連載完結から間を置かずに単行本化されているのに、エンタメ作品は刊行までに数カ月かかっていることを指摘し、前者は「連載開始時にはすでにすべての決定稿が出来上がっていたのではないか」と推測する(『幸福号出帆』角川文庫、解説)。

 三島の生前、エンタメ作品は単行本の後は、角川文庫か、新書判のコンパクト・ブックス(集英社)、ロマン・ブックス(講談社)などで刊行されている。当時は文庫レーベルが少なかったこともあるが、三島に純文学作品は新潮文庫で出すという意識があったことは間違いないだろう。

 ただ、そうやって新潮文庫が三島作品の「定番」となった結果、三島作品に難解な印象が付きまとうことになったのは皮肉だった。

 私の場合、その印象が少し変わったきっかけは、一九九〇年代半ばにちくま文庫が三島のエッセイ選や『幸福号出帆』『命売ります』などを出したことだった。その後、角川文庫でも『夏子の冒険』『にっぽん製』などのエンタメ作品を刊行している。

 だから、没後五十年を機に、新潮文庫が「三島は純文学に極上のエンタメ性を融合させた〈物語作家〉」だというコンセプトを打ち出したのは、むしろ、ちょっと遅かったというべきかもしれない。

 今回、「新潮文庫の三島全部読み」をしていくなかで、最初は独特の文体につまずき、観念的な議論についていけなかったりもした。しかし、三島の長編には現実のディティールが豊かに組み込まれていることに気づいてからは、意外にすんなり読めるようになった。

 以下、私が「物語」に没入して読んだ作品を挙げていく。( )内は単行本の刊行年である。

・恋愛の実験 『沈める滝』(一九五五年)

 電力界に権勢をふるう祖父のもとに育った城所昇は、財力と頭脳に恵まれ、何事にも酔わない青年だった。女に対しても一夜だけの関係ばかりだったが、不感症の人妻・顕子に魅かれる。彼らは会わずにいてお互いを苦しめ合うことで、「人工的恋愛」を実現させようとする。一種の放置プレイだ。

 昇は自ら望んで、建設中の奥野川ダムに技師として赴任する。三島は本作の取材のために、須田貝ダム(群馬県)と奥只見ダム(福島県・新潟県)を見学している。一九五〇年代においてダム建設は、需要が増大する電力を賄うために必須の国策だった(電力と権力の関係については、田中聡『電源防衛戦争 電力をめぐる戦後史』〔亜紀書房〕に詳しい)。

 子どもの頃から石と鉄を玩具に育った昇は、ダム建設のための巨大な機械群を見てこう感じる。

「この異常な力、異常なエネルギー、異常な巨大さ、……昇はこういうものに携わる喜びを誇張して感じた。人間的な規模や尺度は、彼の心に愬えなかった。おそらくこんな異常な尺度、こんな逆説的な場所でしか、自分の中に人間的な情熱を発見できないことが、昇の宿命だったろう」

 雪深い自然と人工物との対比が美しく描かれるなかで、二人の「人工的恋愛」は悲劇的な結末を迎える。

 顕子のモデルとなったのは、赤坂の高級料亭の娘・豊田貞子。三島は一九五四年に彼女と出会い、恋愛に陥る。

 半世紀のちに貞子に取材した岩下尚史は、こう指摘する。

「“顕子”と云う女主人公の描写には、それまでの三島由紀夫が、實際、知る由もなかった“おんな”の現身である貞子さんを観察しながら、ある意味、熱中して造り上げたと思われる跡がある」(『直面(ヒタメン) 三島由紀夫若き日の恋』文春文庫)

新潮社 波
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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