笑いをとりまく過渡期の状況が青春小説の中で描かれる
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
笑いをとりまく状況が変わってきている。
一昨年、M-1のファイナルに残ったぺこぱが「否定しないツッコミ」と優しさを評価されたのは記憶に新しい。笑いを引き出す前ふりとして容姿をけなしたり、性的にからかったりする「いじり」をすんなり受けとめ「笑い」に持っていくか、「自分は嫌だ」と態度に表すのか。視聴者も演じる側も否応なしに考えざるをえない過渡期の状況が、青春小説の中でリアルに描きこまれているのに興味をひかれた。
同じ高校に通う咲太(さくた)と滝場(たきば)は幼なじみで、滝場はいつも周囲を笑わせている。彼らの高校に、ミクシィで滝場とつながっていたユウキが転校してきて、滝場に漫才のコンビを組もうと申し出る。
小説は彼らの高校時代と十年後、ユウキと滝場がお笑いコンビ「馬場リッチバルコニー」になってからを、彼らに「とり憑きながら、離れていこうとする幽霊」だと自認する咲太の視点で描く。途中で咲太の視点が急にユウキの視点に変わり、「あれ?」と思うが、再会したユウキから聞いた話であると種明かしされる。
滝場が抱える空洞を、咲太はのぞきこんでいたわり、ユウキはそこに笑いの可能性を見た。新型コロナウイルスの感染拡大後、CMをきっかけに滝場ひとりが売れはじめて、コンビのバランスは崩れる。
作中で演じられる滝場の書くネタ、ユウキの書くネタに、二人の個性がつよく出ている。「馬場リッチバルコニー」は芸人男前ランキング六位と十二位、ユウキは小説も書くという設定も絶妙で、特定のモデルはいないはずなのに、いろんな芸人の顔が頭をよぎっては去っていく。
「おもろい以外いらんねん」は一見、これまでの笑いが変化を余儀なくされる状況をノイズとして退ける言葉のようだが、実はそうではなく、新しい笑いを作ろうという、切なる祈りの言葉である。