洋画ポスター600本 その手仕事に熱量を感じる
[レビュアー] 都築響一(編集者)
12月中旬に出た本書、映画の本ではあるが名監督でもスターでもなく「広告図案士」、つまりポスターや新聞広告のデザイナーという、業界人しか知ることのない人物の作品を集大成した大判の分厚い作品集で、定価が9000円! なのに初版がもう売り切れ、増刷がかかっているという……近頃の出版界ではめったにない現象を巻き起こしている。
2020年にデザイナー生活60周年を迎えた檜垣紀六さんは、1960年代から90年代まで、僕らのだれもが見てきた洋画ポスターを手がけてきた。本書にはそのうち約600本のポスター、チラシ、題字(日本語タイトルロゴ)、新聞広告が収録されているが、そのいくつかを懐かしく思い出さないひとはいないだろう。
先日終了した東京都現代美術館の石岡瑛子展で陳列された1970年代後半のPARCOのポスターもそうだったが、インターネットがなかった時代にポスターは巨大画面のウェブサイトだった。YouTubeの予告編がなかった時代に、僕らは映画雑誌や街角のポスターや映画館の入口に貼られたロビーカード(スチル写真)を吟味して、自宅配信でもレンタルDVDでもなく映画館に観に行く一本を決めていたのだったし、上映時間は新聞の小さな活字で調べたのだった。そういう映画との付き合い方があった時代を僕らはもう忘れかけている。
言うまでもないが檜垣さんのデザインはすべて、コンピュータ以前の手仕事だ。欧米スターの絵にからむ題字もすべて手描き文字だ。この大著を買っているのは年配の洋画ファンだけでなく、むしろデザインへの感性が高い若者である気がする。パソコンでなんでもできてしまう時代に生まれ育った彼らこそ、一枚のポスターに込められた檜垣さんの熱量やあたたかな息づかいに、敏感に反応できるのだろう。そういう彼らの書棚に、この作品集は何十年経っても大切に収まっているはずだ。