『日米安保と沖縄基地論争 <犠牲のシステム>を問う』
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<東北の本棚>本土有権者の責任問う
[レビュアー] 河北新報
450年続いた琉球王国は、武力を背景にした明治政府の「琉球処分」で廃され、沖縄県になった。沖縄戦では本土防衛の捨て石にされ、県民の4分の1が犠牲になった。沖縄はずっと日本の植民地のような存在だった。その苦難の歴史は今、米軍基地の集中という形で続く。
沖縄県の人口、面積はそれぞれ日本全体の約100分の1しかない。その沖縄に在日米軍基地の4分の3が集中する。米兵らの犯罪、米軍機の騒音や墜落、環境汚染など、人々は多くの問題に悩まされ、基地の撤去を一貫して訴えてきた。沖縄に過重な犠牲を強いるシステムは正当なのか。東京大名誉教授の哲学者が問う。
著者が提唱するのは「沖縄の基地を本土で引き取れ」という基地引き取り論、つまり県外移設論だ。(1)沖縄に米軍基地の押し付けを続けることは許されない(2)日米の同盟関係は国民の8割が支持するが、その大部分は本土の人である(3)日米安保体制を維持したければ、沖縄の基地は本土で引き取るのが筋(4)どこも引き取れなければ、日米安保体制を維持するかどうか根本から議論し直すべきである-というのが趣旨だ。
本書は著者の主張を批判する批評家らに反論した論文を中心に構成。本土の安保支持者が責任を負わず、弱い立場の沖縄に負担を肩代わりさせているのは差別だとし、「沖縄への基地の押しつけをやめられるかどうかは、『本土』有権者の政治的意志にかかっている」と訴える。
沖縄の基地問題は、沖縄の人々の人権に関わる問題である。著者の指摘通り、それは本土の有権者が一緒に考えなければならない問題だろう。一部地域に犠牲を強いるシステムは、原発推進政策の犠牲になった福島と似た構造という。根底には都市で犠牲を出したくないという発想がある。東北でも沖縄の声に耳を傾けたい。
著者は1956年いわき市生まれ。(裕)
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朝日新聞出版03(5540)7793=1980円。