象の旅 ジョゼ・サラマーゴ著

レビュー

4
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象の旅

『象の旅』

著者
ジョゼ・サラマーゴ [著]/木下眞穂 [訳]
出版社
書肆侃侃房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784863854819
発売日
2021/10/06
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

象の旅 ジョゼ・サラマーゴ著

[レビュアー] 横木徳久(文芸評論家)

◆喝采と忘却 悲哀漂う道中記

 ポルトガル語圏で初のノーベル賞作家、ジョゼ・サラマーゴは二〇一〇年、八十七歳で世を去った。本書はその最晩年に書かれた小説である。

 時は十六世紀、ポルトガル国王ジョアン三世は従弟のオーストリア大公マクシミリアンに何か贈り物をしたいと考え、インドから来た象を贈ることに決めた。象の背中に乗る象遣い、助手、食料係、水樽(だる)を運ぶ荷車、警備の騎兵隊などで構成された護衛隊一行がリスボンから出発する。まずは大公が滞在するスペインのバリャドリードへと向かい、そこで大公に贈られ、次にオーストリアの騎兵隊に引き継がれてウィーンを目指す。巨大な象を連れて歩く突拍子もない旅だが史実である。

 象を船に乗せて嵐に遭遇したり、冬のアルプス越えもあるので、きわめて苛酷な旅程なのだが、サラマーゴの筆致はむしろ喜劇的な珍道中の趣を持つ。象を初めて見た人々の驚きやパニックを面白おかしく描写する。象遣いが「象は、大勢に拍手され、見物され、あっという間に忘れられるんです。それが人生というものです、喝采と忘却です」と言うように、最後には存在の宿命的な悲哀が漂う。

 旅の途中でふんだんに挿入される諷刺(ふうし)や箴言(しんげん)も本書の魅力である。象遣いに語らせたり、しばしば著者自身も顔を出す。王室や宮廷への痛烈な皮肉、また「告解だの聖具室だのを重んじて偽善の宗教にばかり熱心なポルトガル宮廷」など、キリスト教への辛辣(しんらつ)な批判も容赦ない。箴言では「真に絶対的なものなど、実人生で見ることなどない」「人は、知らず知らずのうちに、人生で多くの敵を作る」など鋭利な人間観や死生観が刻まれる。「さらば、世界よ、悪化するばかりの世界よ」とはサラマーゴの遺言だろうか。

 リスボンの書店で、妻に手を引かれて歩くサラマーゴの姿を見かけたことがある。妻の献身に支えられて、本書を執筆する過程がドキュメンタリー映画にもなっている。病を乗り越えて書き続ける気迫が伝わる。いまや絶滅危惧種とでもいうべき文豪の佇(たたず)まいを残す稀有(けう)な作家であった。

(木下眞穂訳、書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)・2200円)

1922年、ポルトガル生まれ。作家。『白の闇』などが評価され、98年にノーベル文学賞受賞。

◆もう1冊

ジョゼ・サラマーゴ著『リカルド・レイスの死の年』(彩流社)。岡村多希子訳。

中日新聞 東京新聞
2021年12月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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