以前ご一緒させていただいたので、書評を書かせていただきます———椎名美智『「させていただく」の使い方』【評者:武田砂鉄】

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「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ

『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』

著者
椎名 美智 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
語学/日本語
ISBN
9784040824147
発売日
2022/01/08
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

以前ご一緒させていただいたので、書評を書かせていただきます———椎名美智『「させていただく」の使い方』【評者:武田砂鉄】

[レビュアー] 武田砂鉄(フリーライター)

武田砂鉄さんが『「させていただく」の使い方』を紹介!
本選びにお役立てください。

■書評を書かせていただきます

■【評者:武田砂鉄】

 本書に「『させていただく』ウォッチャー」として自分の名前が出てくる。実は、本書の著者・椎名美智さんを私が担当しているラジオ番組に招き、「させていただく」についてじっくりと話し合ったことがあるのだ。番組内で私が椎名さんに最新の「させていただく」事例を尋ねると、「タレントのおのののかさんの『(サウナで)しっかり整わせていただいた。最高‼︎』だと思う」と返ってきた。サウナで整うために、他者はいらない。自分でサウナに入り、勝手に整うだけだ。これは一体、誰への敬意なのか。もはや、相手がいらなくなったのだろうか、と盛り上がったのだ。
 私が「させていただく」の連呼を気にし始めたのは、EXILEのメンバーがインタビュー等で、やたらと「させていただく」を用いていたから。「テキーラを飲ませていただく」「リハビリをさせていただく」といった使用例に驚きつつも、そういった使い方が続くのは、礼儀正しいグループとしてむしろ推奨されている言葉遣いだからなのだろうと理解した。
 SMAPは解散するにあたり、「解散させていただくことになりました」と発表し、V6は「僕たちV6は、2021年11月1日をもちまして、解散します」とした。著者は前者に対し「解散する時まで、こんなにみんなに気を遣わなくちゃいけないなんて」と感じ、後者に対しては「潔い態度が透けて見え」たという。実に鋭い分析である。各方面への過剰な配慮が「させていただく」の大量発生を生み、先のサウナのように、ついには、相手がいらなくなるところまできてしまった。
「ウォッチャー」として収集した、最新の使用例を並べてみる。ある情報番組で温泉宿を紹介していたのだが、旅館の中に大きな石があり、この石は何かと聞かれた支配人が「パワーストーンにさせていただいている」と答えていた。石への敬意なのだろうか。あるドキュメンタリー番組でのこと、今時珍しい丁稚奉公で働く家具製作会社の若者が、社長から「丸坊主にしたいか?」と言われて、「させていただきたいです」と答えていた。その会社では、テストに合格すると先輩の丁稚がバリカンで丸坊主にしてくれる習わしがある。丸坊主の指示を出すのは社長。丸坊主にするのは先輩。丸坊主になるのは自分。このときの「丸坊主にさせていただきたい」とは、誰の、誰に対する敬意なのだろう。
 言葉狩りをしているわけではない。「させていただく」を使うべき時は多い。とても便利に使える。ただ、ここまで乱発されるのは何故なのかを考えなければいけない。「敬意漸減の法則」を本書で知る。これは「敬語に含まれている敬意が使われるうちに少しずつすり減っていく現象」のことで、どんな敬語であっても逃れられないものなのだという。敬意というのは四方八方に撒き散らすものではないからこそ、その敬意が特別なものになる。「させていただく」は今、その敬意をすり減らしている。もう、とにかく言っておけばいい、という言葉になっているのだ。
「職業柄、日々若い人に触れている者としては、傷つきやすくなっているのではないかと感じます。自分が傷つくこと、人を傷つけることをとても恐れているように思われます」とある。とにかく嫌われないようにする、傷つけないように心がける、そのために「させていただく」が連呼される。どう考えても使い方がおかしい、でも、もう、おかしくったっていいのだ。妙な敬語でも、配慮していますと伝わればいいのだ。相手がいなくたっていい。サウナに対して、パワーストーンに対して、丸坊主に対して、させていただくと言っておけば、あの人は敬意を持って接する人なのだ、丁寧な気持ちを持っている人なのだと理解される。
「させていただく」って奇妙な使われ方をしているよね、との認識が高まれば、この言葉から敬意がすり減り、やがて、別の言葉に移行していくのかもしれない。それでも、ずっと変わらなそうなのが、相手を傷つけないようにしようという忖度や配慮だ。敬語とは、コミュニケーションのツールでしかないのに、いつのまにか防護服のように使われている。やっぱりそれって失礼だと思う。

■【作品紹介】

「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ 著者:椎名美智 定価...
「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ 著者:椎名美智 定価…

なぜ、使わずにはいられないのか?
「させていただく」は正しい敬語? 意識調査とコーパス調査で違和感の正体が明らかに。現代人は相手を敬うためでなく、自分を丁寧に見せるために使っていた。明治期、戦後、SNS時代、社会環境が変わるときには新しい敬語表現が生まれる。言語学者が身近な例でわかりやすく解説!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000605/
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KADOKAWA カドブン
2022年03月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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