どうしたら戦争を止められるのか――現地取材中の古川英治さんが見た“ウクライナの今” 【後編】

インタビュー

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破壊戦 新冷戦時代の秘密工作

『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』

著者
古川 英治 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784040823751
発売日
2020/12/10
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

どうしたら戦争を止められるのか――現地取材中の古川英治さんが見た“ウクライナの今” 【後編】

[文] カドブン

■『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』著者、古川英治さんに緊急インタビュー【後編】

ロシアの秘密工作の実態に迫った角川新書『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』の著者古川さんは、今現在、ロシアの侵攻が続くウクライナにいます。いったいなぜ戦争が始まり、どうしたら終わるのでしょうか。ロシア、ウクライナの視点に加え、欧米、日本、そして私たち一人一人ができること、考えられることをうかがいました。

▼前編はこちら
日本人記者だからわかったウクライナの人々がとどまる理由
https://kadobun.jp/feature/interview/cveh79vcinwc.html

ロシア軍に破壊された街。キーウ近郊ボロジャンカ。写真はすべて古川さん撮影
ロシア軍に破壊された街。キーウ近郊ボロジャンカ。写真はすべて古川さん撮影

■プーチン氏がウクライナ支配に固執する理由

――それにしてもなぜ急にプーチンはウクライナに攻め込んだのでしょうか。

日本での報道などに接していると「急に」と思われるかもしれませんが、ロシアは8年にわたりウクライナに侵攻し続けています。先ほどお話した2014年のウクライナの親ロシア派政権の崩壊を見たプーチンはウクライナ南部のクリミア半島を武力によって自分の国に併合し、東部の親ロ派武装集団を軍事支援しました。ロシアは軍事的な介入を否認し続けましたが、この代理戦争でウクライナの兵士と市民が1万4000人以上亡くなっています。

世界の動きもにぶかったように思います。アメリカとヨーロッパはロシアに対して経済制裁を行いましたが、今回のように踏み込んだものではありませんし、「対話」の名のもとで、宥和姿勢を取りました。特に日本の制裁は欧米へのお付き合い程度の軽いもので、安倍晋三首相は北方領土交渉を進めるために何度もロシアを訪問し、プーチンと会談していました。ロシアは国際的に孤立していないことを示すために日本を利用しただけで、北方領土交渉は進みませんでした。

2014年のクリミア併合のとき、日米欧がロシアの侵略に対して断固として対応で臨み、いまのような踏み込んだ制裁を行っていれば、今回の侵攻は防げたと私は考えます。

――そしていま、プーチン氏の行動がエスカレートしたということでしょうか。

8年にわたるロシアとの戦争はウクライナ社会を確実に変えました。ロシア系が多く、ロシアに近いといわれたウクライナ東部を含めて、欧米への統合を支持する人が増えました。世論調査によると、かつては10%台だった北大西洋条約機構(NATO)加盟支持者が6割を超え、欧州連合(EU)加盟に肯定的な人は7割近くになりました。1月にハルキウという東部にあるウクライナ第二の都市に取材に行きましたが、ウクライナ人としてのアイデンティティーが強まり、若者を中心に欧州志向が強まっていることを感じました。

自ら拳を振り上げた結果ですが、プーチンはウクライナのロシア離れに危機感を募らせていたはずです。ウクライナを失えば、自らの権力の基盤である「ロシア世界」の神話が崩れ、ロシア国内での立場も危うくなりかねないからです。プーチンは今年70歳になるので、レガシーづくりに躍起になっていることも想像できます。

――戦争が続いていた、ということでいえば、古川さんのご著書『破壊戦』では、ウクライナのインフラを狙ったサイバー攻撃について記されています。

2015年に世界で初めて電力会社を狙ったサイバー攻撃がウクライナ西部のイワノフランキフスク州で起きました。6時間にわたって停電し、氷点下の中で23万人が影響を受けました。2016年にもキーウの電力会社が攻撃され、2017年にはNotPetyaというウイルスがウクライナ国内にばらまかれました。政府機関や多くの企業や金融機関、空港からチェルノブイリ原発にまで被害が広がりました。ロシアはウクライナを「実験場」にしているようなところもあります。インターネット上での偽ニュースの拡散やサイバー攻撃、ロシアからの亡命者の暗殺まで、ウクライナで起きたことは、その後欧米でも起きています。

サイバー攻撃にあったウクライナの電力会社
サイバー攻撃にあったウクライナの電力会社

■ロシア人の反応

――古川さんはモスクワ特派員を2度務めていますね。ロシア人たちは今回の戦争をどう見ているのでしょうか。

世論調査によると、侵攻後にプーチンの支持率は8割を超えたそうです。プロパガンダが威力を発揮しています。ロシアはウクライナ東部でロシア系住民の虐殺が起きているといったデマを流しています。ウクライナのゼレンスキー政権を「ネオナチ」「民族主義者」などと呼び、今回の侵略はロシア人を守るための「特別軍事作戦」などといっています。キーウ周辺の町でロシア兵が虐殺した市民の映像もウクライナのでっち上げなどと言っています。

ロシア国内では言論統制が強まり、「戦争」「侵略」という言葉が使えません。海外のメディアの記者も捕まる恐れがあり、日本のメディアもロシアから報道を停止したりしています。

ロシアの情報機関FSB(ロシア連邦保安庁)(モスクワにて)
ロシアの情報機関FSB(ロシア連邦保安庁)(モスクワにて)

――とはいえ、ネットの時代、ロシア人も国内のニュースだけを見ているわけでもないと思うのですが…。

モスクワの私の友人たちは何が起きているか理解していますが、家族はプロパガンダに洗脳されていて、話すことができなくなったという人もいます。私がモスクワに駐在していたときに印象的だったのは、ロシアの国内のテレビニュースについて「嘘ばかりだ」と言う人であっても、ことウクライナやアメリカを非難するニュースはそのままうのみにしていたことです。自国が民間人を虐殺しているということを認めたくないという拒否反応もあるのではないでしょうか。

先ほど話したチェチェン共和国でのロシア軍の蛮行を取材し続けた末に2006年に暗殺されたロシアの女性記者アンナ・ポリトコフスカヤさんにお会いしたとき、彼女は「非人道的な行為に目をつぶる人々を見ると絶望的になる」と語りました。

――人間、信じたいことしか信じないのでしょうか。暗澹たる気持ちです。古川さんのご著書にも、プロパガンダやネット上の世論操作のことはかなり詳細に書かれていました。

クリミアを併合した2014年からロシアの情報工作は過激化しました。ウクライナ兵がロシア人の子どもを磔(はりつけ)にして殺害したなどという捏造が相次ぎました。ロシアにとって都合の悪い事実を隠すため、根拠のないあらゆる陰謀論や大量の偽ニュース流布するのも常とう手段です。国営プロパガンダメディアの編集長に取材すると、「客観的なニュースなんて存在しない」と言い切りました。

ロシアが組織的にネット上の世論操作をし始めたのも同じころです。のちにアメリカ大統領への介入で一躍有名になったインターネットリサーチエージェンシーという組織は、400人もの工作員を雇い、1日24時間365日ソーシャルメディアやブログに事実と異なる偽ニュースを流しまくっていたと、複数の工作員から聞き出しました。

古川さんが取材したフェイクニュースの工場(ロシアにて)
古川さんが取材したフェイクニュースの工場(ロシアにて)

■国際社会の動き

――国際政治の視点でいえば、今回のアメリカやヨーロッパの対応をどう考えますか。

主権国家への侵略を止められないアメリカの衰退ぶりがあらわになりました。アメリカが競争相手として意識しているのはロシアではなく、中国です。ロシアの経済規模は、アメリカの10分の1もありません。アメリカ大統領バイデンは2021年6月のプーチンとの会談で「安定的で予測可能な関係」を求め、宥和姿勢を見せました。中国とロシアと二正面で対峙するのを避けようとしたのです。それがプーチンに誤ったシグナルを与えてしまったように思います。それでもアメリカが強い対ロ制裁を打ち出しているのは、ロシアの侵略への対応を誤れば、中国が台湾などに対して同じことをしかねないという意識が働いている面もあるでしょう。

アメリカと比べて、ヨーロッパ経済はロシアとの結びつきが強く、ロシア産の天然ガスの輸入に依存し、ロシア市場で大金を稼いでいる金融機関や企業も多いです。フランスやドイツなどはロシアとは事を荒立てたくないというのが本音で、これまでロシアとの「対話」を強調し、宥和姿勢が目立ちました。今回、アメリカとともに強い制裁に動いたのは、市民による突き上げが大きいのではないでしょうか。しかし、ロシアから天然ガスや石油の購入は続けており、殺戮を繰り広げる国にカネが流れています。日本もロシアからエネルギー輸入を続けています。

――市民の声はどんな役割を果たしていますか。日本では侵攻直後、渋谷駅前をはじめ、各地で多くの人が集まって声を上げました。一方、「戦争反対」といっても戦争は止められない、と冷笑する人もいます。

無差別攻撃や占領地域での市民の虐殺は世界に衝撃を与え、世界のあちこちでウクライナ支援のデモが起きています。自由な市民の存在を否定する独裁者(プーチン)の暴力に抵抗するウクライナ市民への共感が世界の市民の間で広がり、それが、欧米の政府を動かし、厳しいロシアへの対応に向かわせているのではないしょうか。これは独裁者と世界の自由市民の戦という面があると私は思います。

日本も欧米に追随して、対ロ制裁を発動しています。これも世論が後押ししているところがあるでしょう。アパレル業界のH&MやZARA、NIKEなどがロシアでの全店舗の閉鎖をいち早く決定するなかで、ユニクロは「衣服は生活の必需品。ロシアの人々も同様に生活する権利を持っている」として、営業を続行しようとしていました。しかし結局、批判を受けて撤回したのです。

■長い戦い

――どうしたら戦争は終わりますか。

ロシア軍はウクライナ軍の徹底抗戦を受け、キーウ周辺から撤退し始めました。当初目指していた首都の占領とか政権転覆をいったんあきらめて、いまはウクライナの東部や南部で支配地域を広げようとしています。首都周辺から軍を引いているのは、こうした地域に軍を集中させて、攻勢を掛ける狙いでしょう。プーチンがウクライナの支配をあきらめることはないでしょう。そして侵略者に対してウクライナ人は抵抗し続けます。これは長い戦になります。

ロシア軍に破壊された町(キーウ近郊ボロジャンカにて)
ロシア軍に破壊された町(キーウ近郊ボロジャンカにて)

――停戦交渉が何度も行われているようですが…。

果たしてロシアを信用できるでしょうか。仮に停戦合意しても、ロシア軍がウクライナから撤退するのか、私は懐疑的です。かつて取材しましたが、2008年にロシアがジョージアに侵攻したとき、開戦前の地域まで軍を撤退させるといった停戦合意をロシアは守りませんでした。親ロ派集団が実効支配するアブハジアと南オセチアというジョージア領の二地域の独立を一方的に承認し、ロシア軍を駐留させて事実上の併合を進めています。

――国際社会は何ができるのでしょうか。

2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合とウクライナ東部への侵攻に際し、国際社会は結局、ロシアに宥和で応じてしまい、今回の大規模なウクライナ侵略を招いたのです。他国を侵略しても、大した罰を受けなかったので、蛮行を繰り返しているのです。ロシアでも、プーチンに反対する政治家、活動家、記者の暗殺や毒殺未遂事件が何度も起きています。世界は邪悪な独裁者による非道な行為から目をそむけてきたのです。

ウクライナ市民の虐殺を行っているプーチン政権の戦争犯罪を看過してはなりません。占領された地域で何が行われるのか、考えただけで恐ろしいことです。制裁を徹底し、ウクライナへの支援を強化すべきです。これはウクライナだけの問題ではありません。自由や人権、国家主権や領土保全といった大原則を守る戦いです。ロシアをのさばらせれば、中国やほかの独裁国家も真似をするでしょう。日本にとっても、対岸の火事ではないのです。

■作品紹介
古川英治『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』

破壊戦 新冷戦時代の秘密工作
著者 古川 英治
定価: 990円(本体900円+税)
発売日:2020年12月10日

政治、金融、サイバー空間…あらゆる領域を攻撃するロシアの工作を徹底取材
フェイクニュースを溢れさせ、大量の黒いカネで各国の指導者をからめとる――。
世界支配をもくろむプーチンによる無法の工作とは。
著者は、ロシア情報機関の元高官や工作員などに接触。
生々しい現状を活写した衝撃作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000010/

撮影:古川英治 

KADOKAWA カドブン
2022年04月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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