「これ以上のラストはない」新人賞を射止めた、呉服屋の若だんなと人魚の〈風変わりな恋〉の物語

レビュー

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鯉姫婚姻譚

『鯉姫婚姻譚』

著者
藍銅 ツバメ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103546610
発売日
2022/06/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 歴史・時代]『鯉姫婚姻譚』藍銅ツバメ

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

 多くの人気作家を輩出している日本ファンタジーノベル大賞の受賞作は、物語の舞台を過去に設定した作品も比較的多い。個人的には、近未来に日本から独立を宣言した「江戸国」が舞台ではあったが、第17回大賞受賞作である西條奈加さんの『金春屋ゴメス』の面白さに魅了された。主人公ではない長崎奉行ゴメスは、忘れることができないキャラクターとして強烈に記憶に残っている。それ以来西條さんを読み続けてきた。

 僕にとって日本ファンタジーノベル大賞は、新人作家との出合いを創り出してくれる文学賞であり、毎年楽しみにしている。

 そんな日本ファンタジーノベル大賞の2021年大賞受賞作である藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』(新潮社)は、江戸時代が舞台の、呉服屋の若隠居と人魚の風変わりな恋の物語だ。

 商才のなさを露呈させ店に大損害をもたらし、さらに妻にも愛想をつかされ出ていかれた二十八歳の孫一郎は、弟の清吉に店を任せ、父が遺した町外れの屋敷で隠居暮らしをしている。住み込みの老女中がいるだけで、訪ねてくるのは清吉くらいのもので、穏やかに暮らすはずだった。

 しかし、その屋敷の庭に池があり、そこには人魚が棲んでいた。この設定だけでも驚きなのに、冒頭「ね、おたつね、孫一郎と夫婦になってあげようと思うの。嬉しいでしょう」という、やや上から目線で人魚のおたつが孫一郎に求婚するシーンから物語が始まるのだ。そして、人魚からの求婚を受け困った孫一郎は、人が人じゃないものと夫婦になったばかりに悲惨な末路をたどるという話を、いくつも聞かせて諦めさせようとするのだった。

 本書は、孫一郎が語る人が人じゃないものと夫婦になる婚姻譚を軸に、孫一郎とおたつの小気味よい掛け合いを組み合わせて綴られた連作短篇集となっている。出てくる生き物は、猿・人魚・蛇・つらら・馬など、ただの動物としてではなく、どこか神格化され語り継がれてきたものたちである。

 つららだけ異質のように感じる方もいらっしゃるかもしれないが、東北の寒村で生まれ育った僕の地元にも類似のつらら女の民話が残されていた。しかし、大筋は同じでも結末は違うものだったと記憶している。元となる御伽話を新しい解釈のもとで書き換えているのだろう。

 物語は、季節の移り変わりとリンクする形で、テイストの違う御伽話が折り重なり、ラスト一篇の「鯉姫」へと繋がっていく。

「これ以上のラストはない」と帯に大きく謳われている。天邪鬼体質なものでいつも疑ってかかるのだが、本書についてはその通りだと膝を叩いた。

新潮社 小説新潮
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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