• 地図と拳
  • 極めて私的な超能力
  • 鯉姫婚姻譚
  • 新しい世界を生きるための14のSF
  • 読者に憐れみを ヴォネガットが教える「書くことについて」

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大森望「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞した『ゲームの王国』から五年。待望ひさしい小川哲の第三長編『地図と拳』がついに出た。日露戦争前夜から第二次大戦後までの半世紀を背景に、満洲に建設された架空の都市・李家鎮を描く空想歴史小説巨編。剛直な題名は、建設と破壊、構造と力、文明と戦争、理性と暴力を意味する。小説で言えば、緻密に計算された構成と、荒々しい情熱か。ロシアのウクライナ侵攻によって“戦争”が身近になったいま、本書が描く歴史もいっそう生々しく感じられる。

未来が記された手帳。義和拳を極めた“孫悟空”。歴史の流れを予測する戦争構造学研究所。人間計測器。

〈千里先を見ることは、千里前を見ることと同じだった〉〈満洲は未知の土地だ。君はそこに理想の国家を書きこむ。僕はその実現に向けて、必要な資源や人材を用意する〉

特徴的なキャラクターと印象的なフレーズでありありと構築されていく架空の半世紀。ガルシア=マルケス『百年の孤独』を満洲でやりぬく勇気と筆力に脱帽する。この野心がどう評価されるか楽しみだ。

チャン・ガンミョン『極めて私的な超能力』は一般小説でも活躍する韓国現代作家の初のSF短編集。ハイレベルな作品群の中でも、正面からホロコーストに挑む「アラスカのアイヒマン」が鮮烈だ。ユダヤ人虐殺の中心にいた男の裁判を傍聴し続け、“悪の凡庸さ”について考え抜いたハンナ・アーレントの大著『エルサレムのアイヒマン』を下敷きに、SFならではの実験を導入する。時は、感情記憶を移植できる技術が開発されたもうひとつの1960年代。アイヒマンにアラスカで死刑が宣告されたあと、被害者の苦しみを味わわせるため、アウシュビッツを生き延びたユダヤ人の記憶が彼に移植されることになる。アイヒマン側の要求は、自分の記憶をユダヤ人被験者に移植すること。前代未聞の“記憶交換”の結果、何が起きるのか?

どう書いても問題がありそうだが、著者は意外なツイストをはさみ、考え抜かれた着地を決める。『地図と拳』と一緒に読みたい改変歴史SFだ。

藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』は、日本ファンタジーノベル大賞2021の大賞受賞作。家業の呉服屋を弟に譲って28歳の若さで楽隠居し、父が遺した屋敷で暮らしはじめた孫一郎は、庭の池に棲む人魚おたつに見初められる。困った孫一郎は、おたつにせがまれるまま、「猿婿」や「つらら女」など、“人と、人じゃないもの”の恋が悲劇に終わる物語を独自バージョンで語って聞かせるが……。

伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』は、日本SFアンソロジー史上たぶん最厚の816ページを誇る大冊。ここ5年間に発表された(新鋭による)日本SFの傑作選だが、収録作が扱う各テーマに関連する作品の紹介(各4ページ)がつくのが特徴で、テーマ別SFガイドとしても読める。

最後の一冊、『読者に憐れみを』は、今年生誕100年にあたるヴォネガットの創作案内。膨大なエッセイやインタビュー、講演でヴォネガットが語った創作の心構えや実践的助言をもとに、創作クラスの教え子だったスザンヌ・マッコーネルがわかりやすく読みやすい一冊にまとめている。

新潮社 週刊新潮
2022年8月11・18日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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