『スマック シリアからのレシピと物語』
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天災と内戦だけではない台所から伝えるシリアの文化と日常
[レビュアー] 都築響一(編集者)
週刊新潮の書評欄で料理本の紹介は目立たないかもしれないけれど、いま書店の棚でいちばん勢いがあるのは健康と料理関連だろう。
スマック、という聞き慣れない言葉は中東料理に欠かせないスパイス。これはシリア料理のレシピ本で、85の家庭料理が紹介されている。2011年から続く内戦に加えて、先ごろの大地震でも大きな被害を受けたシリアは、日本のメディアでは暗くネガティブなイメージでしか語られることがない。しかしまたシリアはアラブ・アジアとヨーロッパ世界を結ぶ要所として古代から栄え、5つの国と地中海に接する、複雑で豊かな文化が育まれてきた土地である。そしてその豊かさがいちばん明らかにあらわれるのが、その国の家庭料理なのだ。
著者はシリア生まれだが幼少期にサウジアラビアに移住。毎年夏に帰省していたシリアで、集まった大家族でテーブルを囲んでいた記憶が、世界中に離散してしまった一族への思いと結びついて、母親から教わった家庭料理のレシピ本に結実した。
本書には「シリアからのレシピと物語」と副題がつけられていて、9つのエッセイがレシピのあいだに挟み込まれている。優れた料理書はかならず、きわめてプライベートでありながら、ひとつのレシピ、ひとりの作り手の台所を超えてその国の、その民族の文化と日常へと広がっていく。物語とは、そういう場所と時間が育む声だ。
うっとりする料理の数々や街頭のスナップ写真が、内戦や天災で瓦礫の山と化した街景しか見せられてこなかった国の、実は素晴らしく豊かな暮らしを見せてくれる。料理が苦手というひとでも、写真とエッセイを読んでみるだけでステレオタイプなシリア観が一変するはず。だからレシピ本というだけで敬遠してしまうひとにこそ読んでもらいたくて、僕はこの本を紹介させてもらった。