ボノボが性的行為で猫に訴えられる……架空の法律が存在する異世界を描いたリーガルSF短編集

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令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法

『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』

著者
新川 帆立 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718218
発売日
2023/01/26
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』新川帆立

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 ミステリーのジャンルで快進撃を続ける新川帆立がSFを! そりゃあ読まずにはいられないでしょう! 架空の法律が存在する6つの「レイワ」の世の中を舞台に、人々の奮闘を描いた短編集『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)。畳みかけるようなタイトルもかっこいい。

 第一話「動物裁判」の時代は礼和四年。若手弁護士の「ぼく」のところに美しい依頼人・琴美がやって来る。彼女が保護しているレオという名のボノボが、動画配信サイトで人気の猫に訴えられたのだ。中学生程度の知能を持つレオは猫の通訳として動画に出演していたが、性的な行為をしたとされ動画は配信停止に。通常は人間が訴えられるが、レオは十分な責任能力があるとみなされ被告になってしまったのだった。

「動物福祉法」及び「動物虐待の防止等に関する法律」があり、命はすべて平等であるとされている礼和。動物案件をメインに請け負っている「ぼく」は、時代の波に乗ってやると野心を燃やしている。裁判の顛末もさることながら、琴美や女性に対する「ぼく」の見下しと歪んだ欲望の行き先が痛快かつ苦く、黒い爽快感と、人の意識はそう簡単に更新されないものだという諦念が同時にわく。あとをひく読み心地がこの一冊の持ち味なのだろうと予想する。

 当たった。第二話の「自家醸造の女」はまさにそんな一編だった。日本の伝統を後世に受け継いでいくため、家庭での酒造りを推奨する通達が出されて久しい麗和六年、30過ぎの万里子はお神酒造り講座に通っている。義母に新年の酒を所望されたのだ。女はうまい酒が造れて一人前、の世の中で、ビールも満足に造れない万里子は肩身が狭かった。夫の実家に市販の酒を持って行くことはできない。彼女がとった方法は――。

 外圧をはねのけ続けるより、ある程度譲歩したほうが楽。万里子の心理は令和の世に暮らすわたしたちのそれと驚くほどシンクロする。結末にくすりとしながら、お互いうまくやっていかなきゃね、と彼女に声をかけたくなる。

〈バーチャル世界を主たる生活圏とした人々によって構成された国〉が存在する冷和二十五年の寓話「シレーナの大冒険」は、二次元の側から恋愛を映し出した一編。労働者を守るための法律が働き手を苦しめる隷和六年の残酷物語「健康なまま死んでくれ」は、あの会社を想像させて震えが来る。本書中最も笑えるのは「最後のYUKICHI」。現金が廃止された零和十年の空に諭吉が降る。そしてラストに置かれた「接待麻雀士」のせつなさよ。賭け麻雀が合法化されている例和三年の世界で孤独を噛みしめる麻雀士・塔子の姿が胸を離れない。

 彼らの「健全な反逆」は令和の日本を照射する。パラレルワールドはいつだって、現実の映し鏡なのだ。

新潮社 小説新潮
2023年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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