前代未聞の“将軍世襲”を狙った「家康」に何としても阻止したかった「淀殿」…歴史巨編で描く【私のおすすめ本BEST5】

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  • 一睡の夢 家康と淀殿
  • 元の黙阿弥
  • 茜唄(上)
  • 鏡影劇場(上)
  • 警部ヴィスティング 疑念

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縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『一睡の夢 家康と淀殿』は、これまで天下の覇者が誰もやったことのないこと、すなわち将軍職を次代に引き継がせようとする家康と、何としても秀頼に天下を取り返してもらいたい淀殿という両者の争点を軸とした歴史巨篇である。

 物語は慶長十年から始まり、家康は六十四歳、秀頼は十三歳―誰にも平等に訪れる時の流れは天下の覇を争う者たちにとっては決して同じではない。作者はこの何とも重苦しい対立の中に親子の情愛という一片の哀感を盛り込み、かつ一方で戦国の熱が冷めやらぬ江戸初期の全体像をも捉えている。

『元の黙阿弥』は芸道ものの本命とも言うべき傑作。主人公は幕末明治期に歌舞伎界を支えた巨人、河竹新七(黙阿弥)だ。

 作者としての新七は、様々な無理難題と闘いつつも「作者の名でも客が来る」ような狂言を書くべく情熱を燃やす。安政の大地震、お上の歌舞伎者差別などの中で幾人もの役者たちとのかかわりが端的な言葉で実に詳細に描かれていく。そして御一新を迎えてから日本のシェイクスピアと呼ばれるまで、その生涯は感動的で読者の胸を打つ。

『茜唄』の主人公は平清盛の四男、知盛。清盛は百ページ余で死んでしまう。したがって本書で描かれるのは源氏をも視野に入れた知盛を軸とした平家の群像劇、それも一族の挽歌である。

 筆者は『新・平家物語』(吉川英治)では泣かなかった。いわんや原典をや。だが本書では泣きに泣いた。人はこの世に生きたことを留めんがために唄う生き物だという言葉の通り、知盛の妻、希子がこの物語は「千年後を生きる人に」寄せられるものだと答えるシーンでは、もはや涙を堪えることは不可能だろう。

 これまでにも逢坂剛は、自身の知的好奇心を巧みに作品化してきた。それが一つにはスペインの現代史が絡む『カディスの赤い星』であり、あるいは米西部小説『逆襲の地平線』であった。

 今回の『鏡影劇場』で明らかになるのは、第三の知的好奇心の対象、ドイツロマン派の雄、それもホフマンである。逢坂に届けられたとされる旧式のフロッピディスクから湧き上がるのは何世紀をも隔てたホフマンにまつわる迷宮。読者の好奇心も揺さ振らずにはいられない。

『警部ヴィスティング 疑念』は、北欧ミステリの秀作〈ヴィスティング〉シリーズに属するコールドケース四部作の最終作にして、これぞ最高傑作と自信を持って断言出来る。

 誰にも届かなかった被害者の声、時の流れに葬られた真相に立ち向かう主人公の姿に、読者は思わずページを繰る手を熱くするだろう。四部作完結を有終の美で飾れたことを読者と共に寿ぎたい。

新潮社 週刊新潮
2023年5月4・11日ゴールデンウイーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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