「館」「密室」「連続殺人」と”いかにも”ながら”新たな味”のミステリなど、話題の新人から不朽の名作まで 作者の個性溢れる4選

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  • 時計泥棒と悪人たち
  • 私雨邸の殺人に関する各人の視点
  • 魔女の原罪
  • 殺しの双曲線 愛蔵版

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[本の森 ホラー・ミステリ]『時計泥棒と悪人たち』夕木春央/『私雨邸の殺人に関する各人の視点』渡辺優/『魔女の原罪』五十嵐律人/『殺しの双曲線』西村京太郎

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 昨年『方舟』が大評判となった夕木春央の最新刊が『時計泥棒と悪人たち』(講談社)だ。メフィスト賞を受賞したデビュー長篇『絞首商會』と共通の登場人物が活躍するのだが、こちらは短篇集。題名通り、時計と泥棒と悪人たちをモチーフとする短篇が七本(うち二本は前後篇的な構成)収録されている。舞台は、大正時代の東京。井口という青年画家を主人公に、元銀行員で、その後泥棒になって逮捕されたという過去を持つ友人の蓮野を探偵役として、密室事件や誘拐事件などに挑む。いずれの短篇も、『方舟』がそうだったように、強烈無比かつ個性的な逆転劇を愉しませてくれる。なかでも第二話の密室殺人の動機や第六話の虎を積んだ船での殺人の動機は奇矯すぎて愛おしくなる。一冊の書籍としては、第一話から第七話へと事件や人間関係が滑らかに流れていて、それも美しい。

 二〇一五年に小説すばる新人賞を受賞してデビューした渡辺優の長篇ミステリが『私雨邸の殺人に関する各人の視点』(双葉社)だ。かつて殺人があった館に集った十一人――館の住人もいれば客人である大学ミステリ同好会の学生二人もいれば、予期せぬかたちで館に来た者もいる――の間で事件が起こる。密室。ダイイングメッセージ。連続殺人。もちろん館は土砂崩れで孤立し、通信手段も絶える。そう、“いかにも”なミステリが展開されるのだ。特色は、複数の視点を切り替えながら事件を語る点にある。これが終盤で効果的に機能し、“いかにも”らしからぬ、妙に生々しい心理を読者に届けてくれるのだ。上質な古き革袋で新たな味を愉しめて嬉しい。ちなみに、読者の推理をガイドしたり、はたまた読者に挑戦したりするような視点も混じっていることを付記しておこう。

 五十嵐律人『魔女の原罪』(文藝春秋)は、校則を設けず、法律にさえ違反しなければなにをしてもよいという高校に通う男子生徒の物語である。作品の前半では、彼の視点からこの高校の異様さを語り、彼が次第に追い詰められていく様を描く。そして後半では別の視点を導入し、さらに広い視野から“秘密”を語っていく。詳細は語れないタイプのミステリなのだが、ねじれた発想の不気味さや、それがもたらす恐怖、あるいはその先に待つ惨事を、絵空事としてではなく、明日は我が身として体感できる一冊である。

 最後に新たに愛蔵版として刊行された名作を。昨年亡くなった西村京太郎『殺しの双曲線』(実業之日本社)である。双子トリックを用いると冒頭で宣言し、その後、東京で発生する連続強盗事件(犯人は双子という特徴を活かして逮捕を回避する)と、東北の宿が大雪で孤立し、通信手段も絶えるなかで発生する連続殺人事件を交互に描くという野心的なミステリだ。全体の四分の三を過ぎてなお新たな驚きがあり、謎が深まる作品である。一九七一年のミステリの不朽性を堪能せよ。

新潮社 小説新潮
2023年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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