『口訳 古事記』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『口訳 古事記』町田康著(講談社)
[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)
神々の世界 関西弁で身近
「節」には、歌などの旋律、文章を音読するときの抑揚という意味があるだけでなく、人名の後に持ってくることで、手軽にその人の特徴を言い表したりもできる。現存する日本最古の書物を身近で親しみやすくまとめた本作は、まさにそんな「町田節」が効きまくった1冊だ。
読みながら、アメリカのスタンダードナンバー「500マイルも離れて」に忌野清志郎が日本語詞を付けた、「500マイル」という曲を思い出した。原曲の素晴らしさは言わずもがな、その訳詞が魅力的なのは、清志郎さんのあの歌声あってこそ。だから口訳というのは、歌唱に近いのではないか。この本の中では、言葉の正しさより音の動きの方が圧倒的に強くて、それがとても面白い。
「じゃかあっしゃ」
神々が繰り出す関西弁(河内弁?)のうねりは、ただ「うるさい」と言うよりも速く耳に入ってきて、読んでいるのに、まるで聴いているよう。
著者はミュージシャンなので、言葉よりも先に自分の声が観客に伝わる、あのなんとも言えない感覚を知っているはずだ。だからこそ、文体の中に、まだ言葉になる前の「声」が宿るのだろう。そうして、限りなく声に近い言葉を使って書かれた文章は、強烈な「節」を放つ。
言葉を言葉で語る時にぶつかる壁を、まるで歌うみたいにして軽やかに飛び超えてしまう「節」。それは、肉などを食べる際に付けるタレに似ている。美味(うま)いタレを付けて食べた時、素材そのものより、むしろタレの方を食べている錯覚に陥るような。
また、作中で語り手がくり返す「わからない」も、とても良い。ともすれば無責任だと思われかねないこの言葉を読むたびに、心がパッと明るくなった。
「そんなことは神の考えることだからわからない」
ちゃんとわかっていなければいけないはずの、いかにも難解な書物の語り手なのに、こんな調子でことあるごとに「わからない」を連発するから、親近感が湧いて、げっさ信用できる。