『キャプテン!』川淵三郎著

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『キャプテン!』川淵三郎著

[レビュアー] 森田景史(産経新聞論説委員)

■同志と合作した自伝

夢、理念、勇気。本書をたどると、著者の熱源がいくつかのキーワードとして姿を現す。行動原理と言い換えてもよい。思い立ったら誰より早く決心の腰を上げる。日本サッカーの金字塔となったJリーグ開幕からの30年、「動」を貫く人の自省の記である。

日本代表をワールドカップの常連に育て、分裂した男子バスケットボール界をBリーグとして束ねるなど、舞台裏の機微をつづる筆は詳細だ。どれも著者の腕力があっての記念碑だが、自賛のために筆を執ったわけではない。

ともに汗を流してくれた人々、つまり同志への賛美歌を送ることが何より大きなモチベーションだった。例えば人口5千人の鹿児島・与論島で行った講演会と、その顛末(てんまつ)をつづる優しい筆致。

島の子供にJリーグを目指す夢を持ってほしい。そのためにも大人がスタジアムを造ろう。壁は高くても、「勇気が成功を導くんだ」―。

無理かとは思いつつ、著者は夢を語る。ところが講演から9年後の平成30年、島には人工芝のサッカー場ができていた。再び招かれた地で踏んだ青いピッチ。誰よりも驚喜したのが著者だった。

ゆかりの深い各界の26人に「川淵三郎」を論評させたのは、自伝として異色かも。本人でさえ覚えていない数多の事実が語られ、著者のこの30年が同志との合作だったこともよく分かる。

巻頭約40ページを占めるのは、野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表を頂点に導いた栗山英樹前監督との大型対談だ。少年のような好奇心で相手を質問攻めし、栗山氏とスポーツ界の未来を熱く語る著者。一言一句の密度が高く、読み手を飽きさせない。

スポーツライター、増島みどり氏の30年に及ぶ著者への取材が本書の背骨をなしていることにも触れておく。所々で欠けた記憶を補強したのは、手元にある延べ150時間超のインタビュー音声やメモ。氏もまた、著者と走り続けた同志の一人である。(ベースボール・マガジン社・1870円)

評・森田景史(論説委員)

産経新聞
2023年8月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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