『ことばの白地図を歩く』
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『ことばの白地図を歩く 翻訳と魔法のあいだ』奈倉有里著(創元社)
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
外国語の習得 楽しく導く
もしあなたが外国の言葉を学んでいる、もしくは学ぼうとしているのなら、ぜひこの白地図を手にしてほしい。目的地を選び、不思議な生き物と出会い、魔法を探し、大事な鍵を見つけ、どこまでも歩いて行く。時に挫折しそうになったり、途方に暮れたり、動けなくなったり。けれどあなただけの白地図が、遠い遠い〈母語じゃない言葉〉というゴールに辿(たど)り着くまで、きっと一緒に歩いてくれる。
ロシア文学研究者の著者が伝える言葉は、明快で温かく優しい。背中を押し、手を引き、灯(あか)りを灯(とも)してくれる。
自分の中に「悩まない存在」=子供を宿して、間違えたり舌足らずだったりすることを恐れず、新しい言葉の世界を丸ごと楽しむこと。みんな簡単に口にするけれど、実は実体をよく知らない「文化」という危うい言葉のこと。自分の属する場所とそうでない場所を分け、時に排外的に使ってしまう、この言葉。けれど言葉とは、「異文化」を学ぶことではなく「共通の文化」を増やしていくことなのだ。翻訳で大事なのは、その言葉を読む感覚、つまり「読書体験」を翻訳することだと筆者は言う。
わたしは他国語にコンプレックスがあり、英語もフランス語もスペイン語もタイ語も中国語も少しずつできるけれど、どれもまともには使えない。さまざまな言葉をネイティブ並みに操る(もしくはネイティブな)家族の中で、ずっと劣等感と疎外感を持っていた。つい、「英語を話せるようになるコツ」だったり、「スペイン語速習100日講座」みたいなイージーな道に飛びついては、挫折している。けれど、もしまた妖怪あきらめに捕まりそうになったら、この本を開いてみよう(ちなみに妖怪あきらめは、黒いもじゃもじゃの姿で繰り返しイラストに出てくる。だんだん寂しそうになっていく姿に同情しかけ、いけない、永遠におさらばせねば、と心を引き締めた)。
目的地を思い描き、経験値を溜(た)め、自分だけの武器を手に入れ、鍵を見つけ、一歩ずつ進んでいく。わたしの白地図にわたしだけの歩みを記していくのだ。