『日本思想史と現在』
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『西行』
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『日本思想史と現在』渡辺浩著/『西行 歌と旅と人生』寺澤行忠著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
碩学の小品 底流に「自由」
たしか丸谷才一だったか、初学者の入門は「偉い学者の書いた薄い本を読め」と言っていた。碩学(せきがく)の小品は「読むと得を」する。今回は新刊に奇(く)しくも二冊も出て、大いに堪能させてもらった。その感慨を少しでも共有したい。
一個の偉才とその作品を追いつづけた文学者と、日本・世界の思想史をみわたしてきた政治学者という対照的な組み合わせ。さりながら、両者の通奏低音が「自由」で共通しているのも、興味深い。やはり人間世界永遠のテーマである。
学殖の発露というべきか、等身大の碩学というべきか。生涯にわたる研鑽(けんさん)でなくては出てこない所説を平易に語ってくれた。
それを満喫できるのは、向学心ある後学だけの特権だろうか。引用紹介すれば十分、下手な論評はいらない。
「善が悪を生み、悪が善をもたらすと考えなければならないことが、多分、政治にはあるのである」
「目指したものは、仏道修行と作歌修行を通じて、我と我が身を苦しめる呪縛から自らを放ち、真の精神の自由を獲得することにあったろう」
「人は常に変わらないものを求めつつ、現実には絶えずそれが裏切られる。人生は無常なのである。……西行は、日本の思想史を貫く無常の自覚と、それを乗り越える『道』の思想の発展において、きわめて大きな役割を果たした」
「ヨーロッパ史は人類史上きわめて特殊であるのに、時には、その特殊性をむしろ当然のように普遍性の根源とみなして、特権的に比較から超絶せしめているかのようである」
最後に。拙評のめざすところも、的確な指摘があった。「今年刊行された本がやがて古典になるかもしれません。既成の古典だけでなく、そのような本を真っ先に見つけて、読む。そして、人にもすすめる。……今、この世を共に生きる仲間たちへの貢献ではないでしょうか」(筑摩選書、2090円/新潮選書、1760円)