幾世の底より 評伝・明石海人 荒波力 著

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幾世の底より 評伝・明石海人

『幾世の底より 評伝・明石海人』

著者
荒波 力 [著]
出版社
白水社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784560095225
発売日
2016/12/03
価格
7,128円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

幾世の底より 評伝・明石海人 荒波力 著

[レビュアー] 高山文彦(作家)

◆宿命を生きた歌人の全貌

 明石海人(あかしかいじん)の歌は人を宙吊(ちゅうづ)りにする。われわれが常日頃無意識に(いや、その逆かもしれないが)避けて通っている生存の秘密に直接触れてくるからだ。

 彼を歌人にしたハンセン病は、父や母、妻子までも彼から奪い、この世の中にある者としてでなく、また別のこの世なる絶海の孤島に彼を隔離した。そして彼の愛した家族でさえ見分けのつかぬ容貌に彼を変貌させて、命を奪っていこうとする。存在することのこの悲しみ、寂しさを誰が知ろう。

 私は彼の生涯を調べ尽くした本書を読んで、再び宙吊りにされた。ある服役囚に明石海人が書き送った手紙の中に、次のような一節を見つけたのだ。

「出来ることならどんなに不自由になつてもかまはない、五十年も百年も生き度いと思つて居ります。(中略)今では短歌も神も日光も何も要らぬ只生きてゐるだけで十分に有難い事だと思つてをります」

 このときすでに失明、手指喪失、気管切開で声も喪失していた。昭和前期の歌壇・文壇に凄愴(せいそう)の一撃を与え直立させた名歌集『白描』を、病友の手を借りて出版したばかり(昭和十四年)。四カ月足らずのちには死んでしまうのだ。

 君は今をよく生きているか。なんて、そんなことを問うのではない。生きるということよりも、ただ生物として生存することの心棒を、雄渾(ゆうこん)のリズムに乗せて格調高く歌いあげる彼の歌は、人を野性に返す。

 本書は離別した妻子のその後をたどることも忘れていない。光田健輔、小川正子といった神格化された医師たちとどんな関係を結んでいたか、それへの探求が薄いのが残念だが、この素晴らしい妻子ふたりの生き方、そして彼の孫の清々(すがすが)しい姿までを丁寧にたどってみせた仕事は、いまだ親族と元患者との間に断層を広げるハンセン病問題に大きな光を投げかけるとともに、宿命を引き受けて生きる人間の荘厳なコーラスとなっている。

  (白水社 ・ 7128円)

<あらなみ・ちから> 作家・評論家。著書『知の巨人 評伝生田長江』など。

◆もう1冊 

 高山文彦著『火花-北条民雄の生涯』(七つ森書館)。ハンセン病のため二十三歳で逝った作家がどう生きたかを描くノンフィクション。

中日新聞 東京新聞
2017年1月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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