『青鉛筆の女』
- 著者
- ゴードン・マカルパイン [著]/古賀弥生 [訳]
- 出版社
- 東京創元社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784488256098
- 発売日
- 2017/02/26
- 価格
- 1,100円(税込)
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三重構造の巧緻なミステリ『青鉛筆の女』ゴードン・マカルパイン
[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
本書は物語の枠組みの中に、二種類の小説と、その小説の作者である新人に対して助言や指示を出す女性編集者の手紙という、三種類のテキストをモザイク状に配置したミステリである。
小説の一つがタクミ・サトーによる『改訂版』だ。日系アメリカ人の大学非常勤講師が職を抛(なげう)ち、殺された妻の事件を解決しようとするハードボイルドである。もう一つが一九四五年に出版されたウィリアム・ソーン著『オーキッドと秘密工作員』で、日本のスパイ組織による連続殺人を、朝鮮系アメリカ人の私立探偵が政府組織と協力して追っていくというスパイ・スリラーだ。
そして女性編集者からの手紙の日付から、サトーが送った作品の冒頭部分は気に入ったものの、その直後に日米戦争が勃発したため、主人公の出自を日系以外に変えて、時流に沿った内容にしないと出版は不可能であることなどが明らかになる。さらにサトーの父が暴漢に襲われたり、一家が収容所に送られたことなども、以降の手紙から徐々に明らかになっていく。
一方『改訂版』は、主人公が開戦前夜から瞬時に開戦後の世界に飛ばされてしまうという不思議な展開になっていく。彼は激しい差別と敵意に晒されるだけでなく、アイデンティティすら否定される羽目に陥ってしまうのだ。さらに二つの物語は互いに浸食を始め、『改訂版』のキャラクターが『オーキッド~』の中に入り込んでいく。
注意深く読めば、三つのテキストのすべてと、物語の外枠にあたる冒頭の記述、および最後の「後記」から、戦争に翻弄されながらも、それに抗って創作を続けた一人の日系人の心情が浮かび上がることがわかる。巧緻にして心を打たれる作品である。