『かわうそ堀怪談見習い』
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「恋愛小説家」が繰り出す意外なまでに怖い怪談!
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
えっ、柴崎友香が怪談!? 首をかしげながら手に取る方も多いのではないかと思われる『かわうそ堀怪談見習い』ですが、これが“見習い”どころか、予想以上に本格的な怪談になってるんです。
主人公は、デビュー作がドラマ化されて恋愛ものとして人気が出たためにつけられてしまった、「恋愛小説家」の肩書きへの違和感から、怪談を書くことにした〈わたし〉。三年ぶりに故郷の大阪に戻ってきて、〈かわうそ堀二丁目 アーバンハイツかわうそ203〉に居を定めています。〈怪談を書こうと決意したものの〉〈幽霊は見えないし、そういう類いのできごとに遭遇したこともない〉と自認している〈わたし〉は、中学の同級生でその手の話に強い友人、たまみに会って話を聞いたりと、何とか気持ちを怪談モードに向かわせていくのですが――。
たしかに、全部で二十八の短めの章からなるこの小説は、「柴崎友香が怪談!?」という意外感を裏づけるように、最初のうちは〈黒くておどろおどろしい表紙の恐怖漫画や、テレビの大げさな演出で語られる怪談話みたいな盛り上がりがない。道端ですれ違う普通の人間と同じような感触〉の、いわば日常の怪異を思わせるエピソードを積み重ねていきます。隣町にあるうなぎ公園で見かけた、ヘンテコなまるい生物、元いた古本屋に戻っていってしまう怪談本、雪の夜、人っ子一人いない一本道で出くわした黒い人、異様に天井が低い部屋にある使えない押し入れ、花見の席で知り合った女性が話してくれた不思議な体験、決して触ってはいけない茶筒などなど。
でも、読み進めていくほどに、そうしたエピソードがだんだんと怖さを増していくんです。そして、これまで幽霊なんて見たことがないと言っていた〈わたし〉が、こんなにもたくさんの怪異と遭遇することが、小説としての説得力に欠ける設定なんじゃないかと心配になってきた頃、大技が繰り出されるんです。
それまで繰り返し、しかしあっさりと触れられてきた、誰かから見られているような感覚。〈わたし〉が何かを忘れてしまっていることを、しばしば匂わせる友人たまみの言葉。描かれてきた、一見のどかですらあるエピソードのすべてが、最後に用意されている、ある失われた記憶にまつわる恐怖譚の伏線だということに気づかされた時の驚き! キーワードは〈まだ、こっちに来ないの?〉。柴崎友香の意外なまでに怖い怪談に、どうぞ震え上がって下さい。