『真実』
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激動の女優人生を振り返る
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
梶芽衣子が二十八年間続いたテレビドラマ『鬼平犯科帳』で、中村吉右衛門の手に触れたのは、吉右衛門が最後の出演場面を撮り終え、花束を渡したその時、だけだったという。「大きくて温かな力強い手」とも「それが、鬼平とおまさの最初で最後の握手」とも梶は語る。その思いを慮る時、そこにはまるで異性を知らぬ童女がはじめて憧れを抱いた男(ひと)に何事かを為す純情を考えずにはいられない。
思えば、おまさがはじめて登場する「血闘」には、鬼平が原作にはない台詞を云い、それを聞いたおまさがハッとする、という場面がある。
「自分のためにこんな劇的な言葉を放ってくれる人物と一生のうちに巡り合う女性はそうそういるものではありません。たとえそれがフィクションの世界であったとしても」――このくだりを読む時、私たちは、梶芽衣子という女優が「鬼平」にはじめて登場したときからファイナルまで、まったく変わることのない愛情と緊張をもって、おまさを演じ続けたこと、すなわち、その演技のレベルを知るだろう。
梶といえば、映画ファンなら、日活時代の〈野良猫〉シリーズ、あるいは、東映に移籍してからの『銀蝶渡り鳥』『銀蝶流れ者 牝猫博奕』二部作、〈女囚さそり〉シリーズ、東宝で撮った『修羅雪姫』『修羅雪姫 怨み恋歌』二部作等を思い浮かべ、非行少女→復讐する女へと変貌していくクールなイメージがあるかもしれない。
そして、前述の童女のような純心とクールな女を両方の極に置くと、その振幅の中に『無宿(やどなし)』『曽根崎心中』といった異色作や名作があるのでは。
また、はじめて聞かされる『鬼龍院花子の生涯』秘話や、かけがえのない恩人たちのことなど。何度も読み返してしまうこと必至の一冊である。