<新しい文学が生まれる場所>韓国『新世代』の作家たち

対談・鼎談

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鼎談=斎藤真理子、古川綾子、すんみ<新しい文学が生まれる場所>韓国『新世代』の作家たち〈韓国文学のオクリモノ〉シリーズ(晶文社)全六冊完結

◇最新刊『鯨』チョン・ミョングァン

 斎藤 『鯨』は、このシリーズの中で一番厚い、五〇〇頁近い大作です。非常にダイナミックな面白い物語なのですが、実は一言も「韓国」という言葉が出てこない。土着性のある、女三代にわたる長い物語で、純文学ではありますが、韓国の語り芸の伝統を彷彿させるような、口承文学的なスタイルを持った小説です。そういうものは今まであまりなかったようで、〇四年の発表当時、一大センセーションを呼び起こしました。読者に呼びかけるような語り口ですが、神話っぽい感じもありますよ。著者のチョン・ミョングァンさんはシナリオ作家の経験があり、映像の世界に長くいた人なんです。最初に短編『フランクと私』でデビューして、大ヒットした長編小説『鯨』で、文学トンネ小説賞を受賞しています。「韓国文学のオクリモノ」シリーズで男性作家は二人だけですが、二人ともマッチョじゃないところが共通ですね。パク・ミンギュさんはアテもなく会社を辞めて作家になったのですが、その間、デザイナーの奥様が働いて生活を支えてくれたらしいし。

 古川 銀幕の女優のように美しい方で、奥様にはとても感謝していると。

 斎藤 少なくともこの二人はマッチョじゃない。世界がどんなに変わってもマッチョに引きずられない、優しさのある男性たちだと思います。ものすごい卑怯者が出てこない限り、男にも女にも老人にも子どもにも絶対暴力を振るわない、大声を出さない人だなと思います。

 すんみ それでなのか、パク・ミンギュさんとチョン・ミョングァンさんが描く男性像は、従来の男性作家が描いてきたそれと一線を画していますね。暴力を振るう側よりは、振るわれる側にいる。チョン・ミョングァンさんの長編小説『高齢化家族』には、常に暴言や暴力を振るう兄弟が出てきますが、やはりこの人物たちもマッチョというよりは弱さの方が目立ちます。キム・グミさんが描く男性像も今までの小説とは違うところがあります。「犬を待つこと」「肉」には、母に暴力を振るう父親の話が描かれていますが、その父親もいまや暴力を振るえない状態に置かれています。牙が抜かれた状態と言っていいと思います。また「あまりにも真昼の恋愛」のピリョンも、後輩のヤンヒに対して罵声、悪態を浴びせていますが、実は器が小さくて惨めな男なんです(笑)。

 古川 『走れ、オヤジ殿』には子どもを捨てて逃げたり、子どもを置き去りにしたりする不甲斐ないオヤジが登場します。キム・エランさんたちIMF世代は、就職や進学といったはじめての社会進出を控えた時期にIMF危機を経験しました。多くの父親が職を失い、それまでの家父長制からは想像もつかないような弱い姿を見せ始めた一つのきっかけがIMF危機だとも言われています。そんな姿を目の当たりにした世代が描く父親像は、暴力的な君主からずるいところや情けないところもある身近な存在へと変化していったのではないでしょうか。

 すんみ 韓国文学に描かれる男性像も、時代の変化とともに変わりつつあるのかもしれません。(おわり)

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★さいとう・まりこ=翻訳家、ライター。訳書にパク・ミンギュの『カステラ』(ヒョン・ジェフンとの共訳、第一回日本翻訳大賞)、『ピンポン』、『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』、ハン・ガン『ギリシャ語の時間』、ファン・ジョンウン『誰でもない』、『野蛮なアリスさん』など多数。一九六〇年、新潟市生まれ。
 
★ふるかわ・あやこ=翻訳家。第10回韓国文学翻訳院翻訳新人賞受賞。翻訳家養成講座と韓国語の講師も務める。訳書にウ・ソックン『降りられない船―セウォル号沈没事故からみた韓国』、パク・ヒョンスク『アリストテレスのいる薬屋』、ユン・テホ『未生 ミセン』など。
 
★すんみ=翻訳家。早稲田大学大学院文学研究科修了。松田青子の短編「マーガレットは植える」の韓国語訳を「早稲田文学」に掲載。韓国語への訳書に中島京子『平成大家族』、柄谷行人『漱石論集成』(共訳)など。一九八六年、韓国・釜山生まれ。

週刊読書人
2018年5月4日号(第3237号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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