『厨師、怪しい鍋と旅をする』
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『エイリア綺譚集』
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[本の森 SF・ファンタジー]『厨師、怪しい鍋と旅をする』勝山海百合/『エイリア綺譚集』高原英理
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
勝山海百合『厨師、怪しい鍋と旅をする』(東京創元社)は、食と旅が好きな人にはたまらない一冊だ。
舞台は清朝の中国、江南地方。優れた料理人を輩出する村で生まれ育った斉鎌は、ある日、山の中で黒い鉄の鍋を見つける。手にとろうとすると、鍋は斉鎌を襲う。間もなく現れた持ち主によれば、その鍋は空腹になると自ら獲物を狩って食べようとするが、水を煮ただけで美味い出汁がとれるらしい。ちょうど宴会の汁物を任されていた斉鎌は鍋を借りる。しかし、ある出来事がもとで鍋を持ち主に返却するまで帰郷を許されない身になってしまう。
戦場で大量の饅頭を作ったり、空き家のような屋敷で子豚を食べる蟹の話を聞いたり。斉鎌はさまざまな厨房を渡り歩く。なかでも美しいエピソードが「鳳嘴苑」だ。鳥迷(鳥に夢中になりすぎた人物)の家に雇われた斉鎌は、謎めいた青い鳥と、琳泳という娘に出会う。鳥をこよなく愛し、大切に世話をしている琳泳に、斉鎌は鳥の調理法をあれこれ語る。空気の読めない困った男だが、そのことがきっかけで二人は淡く惹かれ合うのだ。自分とまったく異なる価値観に遭遇した瞬間の感動を〈透明な飴細工の覆いがぱちりと割れて、中から蒸し焼きにした玉子料理(甘くて黄金色で、匙を入れるとふるふると震える)が現れたのと似た感じ〉と表現するくだり、話の続きを想像せずにはいられない余韻がある結びの一文など細部まで味わい深い。
高原英理『エイリア綺譚集』(国書刊行会)に「林檎料理」という短編がある。大手拓次の詩に出てくる林檎料理を探して不思議な散歩をする「僕」とメリの話。他にも大手拓次の師匠・北原白秋の言葉を用いたディストピア小説「ほぼすべての人の人生に題名をつけるとするなら」、萩原朔太郎の「猫町」をモチーフにした「猫書店」など、詩歌を愛する著者らしい作品が印象に残る本だ。収録作は十一編。
書き下ろしの「ガール・ミーツ・シブサワ」は、交通事故で死んだ編集者がゴスロリ少女だった十八歳のころに戻って、憧れの澁澤龍彦に会いに行く。語り手が自分の読書歴とゴシックな世界に惹かれた経緯を告白するくだりは本がなければ生きられない青春を過ごしていた者にとっては他人事とは思えないし、好きな作家がたくさんいるなかでなぜ澁澤龍彦を訪ねることにしたかという理由には笑ってしまう。
作中に〈実は日本の少女たちが愛するゴスって怖い要素とともに可愛い要素も不可欠だ〉という一文がある。ゴスの師匠、澁澤龍彦の可愛さを、彼の残した言葉をもとに、声が聞こえてきそうなくらいリアルに再現しているところがいい。小説として面白いだけではなく、今の時代ならではの澁澤評としても発見のある一編だ。