夕陽(ゆうひ)に赤い町中華 北尾トロ著

レビュー

10
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夕陽に赤い町中華

『夕陽に赤い町中華』

著者
北尾 トロ [著]
出版社
集英社インターナショナル
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784797673746
発売日
2019/06/05

書籍情報:版元ドットコム

夕陽(ゆうひ)に赤い町中華 北尾トロ著

[レビュアー] 平松洋子(エッセイスト)

◆どっこいしぶとい安定感

 いま食べて記録しておかなければ、町中華は消えてしまうかもしれない。危惧を覚えた著者は、あちこちの店を巡るうち、時代のナマの手触りを発見してゆく。本書が繙(ひもと)くのは、個人経営の小さな大衆中華料理店と時代との接合点。そのひとつひとつがとても人間くさい。

 町中華は、身近なのにナゾがいっぱい。なぜラーメンとカツ丼・カレーライス・オムライスが品書きに並んでいるのか。なぜ炒飯(チャーハン)に味噌(みそ)汁がつくのか。なぜ餃子(ギョーザ)があってもシュウマイはないのか。なぜ、たいしてうまくなくても店がつぶれないのか…。著者が目の当たりにするのは、昭和から今日までの路傍の営み。戦後、新味のある中華食堂として生まれた町中華は、庶民の空腹を充(み)たし、と同時に群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)を生き抜くエネルギー体そのものなのだった。

 オーラルヒストリーの宝庫でもある。巷(ちまた)でポピュラーな店名「丸長(まるちょう)」の「長」は、店主の出身地、長野の一字。しかも「丸長」から独立した人物が考案したつけ麺は、ざるそばからの発想で、スープのだしに使った鰹節(かつおぶし)や鯖(さば)節は町中華の味に広がりを与える…町中華に、長野のDNAが注入されていたなんて!

 それぞれの土地で町中華は手鎖のように戦後の時間をつないできた。東府中駅前「スンガリー飯店」は、大陸からの引き揚げの歴史と深い関係がある。西荻窪「丸幸」の現役店主は、流しの歌手から出たとこ勝負の商売替えだったが、三十数年ののち、地元客の胃袋をわしづかみにして離さない。あるいは、敬愛する往年の味を復活させた「お茶の水、大勝軒」店主のホネのある挑戦にも脱帽だ。戦後、アメリカの小麦戦略をも取り込んできた町中華だもの、夕陽が照ろうが雲がかかろうが、どっこいしぶといのである。

 著者は看破する。町中華の生命線は「食べたそばから味を忘れるような、どうってことない感じ」、「名より実を取る精神」がもたらす安定感と満足感にある。味より重視したいものの正体をいますぐ町中華に駆け込んで確かめたくなる。

(集英社インターナショナル発行、集英社発売・1728円)

1958年生まれ。ノンフィクション作家。著書『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』など。

◆もう1冊 

北尾トロ、下関マグロ、竜超ほか共著『町中華とはなんだ』(角川文庫)

中日新聞 東京新聞
2019年8月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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