フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」-60年の記憶 林典子著

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フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」

『フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」』

著者
林典子 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784004317821
発売日
2019/06/21
価格
1,123円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」-60年の記憶 林典子著

[レビュアー] 佐川亜紀(詩人)

◆一人一人の物語と向き合う

 その肖像写真は静かに語りかける。白髪となり、しわも深いが、歩んできた人生の喜怒哀楽の厚みと芯のある存在感をずっしりと伝えている。手には、一九六一年の渡航直前にチマ・チョゴリの晴れ着をまとい、朝鮮人の夫と写った記念写真を持つ。九州から北朝鮮の元山(ウォンサン)に渡り、八十九歳(二〇一六年八月撮影当時)になった井手多喜子さんの姿の内奥は計り知れない。

 本書は、世界的に活躍する若い写真家の林典子さんが、朝鮮民主主義人民共和国で暮らす「日本人妻」たちに二〇一三年から一八年十一月まで十一回訪朝し、取材、撮影した記録をまとめたものだ。

 敗戦時、日本に二百万人以上の朝鮮人がいた。厄介払いの思惑も絡んで一九五九年から北朝鮮に送り出す「帰国事業」が始まり、八四年までにその家族を含む約九万三千人が海を渡った。

 「日本人妻」は「帰国事業」の時は北朝鮮の「急速な発展」の宣伝に使われ、拉致問題が起こると「不気味な国」の被害者にされ、今は「交渉の材料」とまで言われる。しかも、日本人の大半は無関心だ。林典子さんは「日本人妻」をひとくくりにせず、一人一人の物語を細やかに聞き取る。長年抱えてきた「心の痛み」を刺激したかと気遣う。無理な撮影はしない。対等な人格として向き合う強い信念に打たれる。

 平壌(ピョンヤン)で高層アパートに暮らす堀越恵美さんは「子どもたちのために、ここに来たんです」と話す。皆川光子さんは北海道大学で恋愛し、身重のまま同行して研究者の夫を支えた。母の反対を乗り越えて、国交回復を信じた。植民地だった朝鮮に一人残され、朝鮮人家族に育てられた残留日本人・荒井琉璃子さんとの出会いも貴重だ。各々(おのおの)の望郷の念は尽きない。もちろん、本書で取り上げられた人たちよりもっと困窮や差別に追いつめられた人も多いだろう。離縁した人もいるだろう。

 だが、歴史の闇の中にも個々の人間の顔と人生があることを知らせる著者のたぐいまれな感性と行動力に、敬意を抱かずにはいられない本だ。
(岩波新書・1123円)

1983年生まれ。写真家。報道写真賞を多数受賞。写真集『キルギスの誘拐結婚』など。

◆もう1冊 

藤沼敏子著『不条理を生き貫いて 34人の中国残留婦人たち』(津成書院)

中日新聞 東京新聞
2019年8月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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