【聞きたい。】大塚信一さん『長谷川利行の絵 芸術家と時代』

インタビュー

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長谷川利行の絵

『長谷川利行の絵』

著者
大塚信一 [著]
出版社
作品社
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784861827815
発売日
2020/05/25
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

【聞きたい。】大塚信一さん『長谷川利行の絵 芸術家と時代』

[文] 渋沢和彦


大塚信一さん

■「日本のゴッホ」の実像あぶり出す

 「関東大震災や金融恐慌が起こり、日本が戦争に向かっていた暗い時代に、明るく純粋で、美しい絵を描いたのが利行でした」

 大正末期から昭和10年代前半にかけて、浅草など東京の下町を歩き、風景や人物などを題材に制作した長谷川利行(1891〜1940年)。「放浪の天才画家」、あるいは「日本のゴッホ」などと呼ばれている画家だ。本書は時代背景とともに、画家の足跡や人間関係などを丁寧に追いながら実像をあぶり出す。

 利行は昭和2年の二科展で、新人賞にあたる樗牛(ちょぎゅう)賞を受賞し、注目された。「不安を感じさせる社会状況の中でもっとも充実した時期を迎えたのです」

 優れた絵画を創作する一方で、生活は破綻し、その日暮らし。知人の家に行っては絵を押し売りしてお金をまきあげ、その金で安酒をあおり、簡易宿泊所を転々とした。揚げ句の果てには路上で倒れ、だれにも看取られずに49年の生涯を閉じた。

 これまでの利行像は、どちらかといえば周囲から疎まれていたことばかりが強調されてきた。しかし、大塚さんは、それとは違う見方をする。
 「調べれば調べるほど、伝説とは正反対の姿が見えてきました。若い有望な画家たちには絵画論を説き、食事をごちそうもして、尊敬されていました」

 利行はアカデミックな教育を受けたわけではなく、独学で油彩画を始めた。「海外の美術事情に詳しく、美術批評を書き、歌集も自費出版しています。ニーチェ(19世紀ドイツの哲学者)の著書を読み、深い教養がありました」

 金持ちの大家には無理やり絵を売りつけて金をせしめ、若い絵描きには自らの金で大盤振る舞いをするという行為の不可解さ。

 「最高の善意には、最高の悪意が必要という、ニーチェの思想を血肉化していたのではないでしょうか」(作品社・2200円+税)

 渋沢和彦

   ◇

【プロフィル】大塚信一
 おおつか・のぶかず 昭和14年、東京生まれ。岩波書店に入社し、総合文化雑誌「へるめす」編集長を経て平成9年から15年まで社長を務めた。『山口昌男の手紙』など著書多数。

産経新聞
2020年6月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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